2006年8月5日土曜日

思い出の子供たち

昔のこと。僕は浜学園の先生でした。

浜学園というのは関西では最も有名な進学塾です。灘中学や灘高校に何人合格させたとか、何年連続日本一とかそういうところ。僕自身も小学校4年生から6年生までの3年間通いました。

僕は大学の4年間、浜学園の先生をメインのアルバイトとしていました。その経験は水泳部コーチとはまた違った良い思い出として心に残っています。先生として生徒と黒板に向かっているときは、お金のことなんてどうでもいい、ぐらいに思っていました。が、実際にはお金はすごく良かったんです。当時の僕はアルバイトの時給の話をするのが嫌なぐらい、いいお金でした。1時間講義をすればだいたい5000円くらい。夏期講習時期なんて1日で8時間=4万円なんてこともありました。

時給は生徒のアンケート結果で決まります。全員がレベル3の「まぁまぁよくわかる」だと点数は60点となり、時給は最低ランクの2600円に。全員がレベル5の「よく分かる」だと100点で、時給は6000円ぐらいに。実際はアンケート点数以外にも、テストやテキストの作成による貢献ポイントが加味されて時給が決定するのですが、僕はだいたい平均して5000円~6000円の間でした。ちなみに2ヶ月契約なので、2ヶ月ごとに時給は変動します。

でも本当にお金のことは抜きにして、僕は僕なりに一生懸命「プロ」として頑張ったり工夫したりして教えていましたし、それ以上に楽しませてもらいました。

僕は算数の先生で、主には小学4年生や5年生を担当していました。小学5年生のHクラスが使う復習テストを2年間作成していたくらい。これって結構大変でしたが、なかなか名誉なことです。ちなみにテストは1本7000円で、年間40本を作成していました。3年生や6年生を担当することもたまにはありましたが、やはり最も印象に残っているのは4年生と5年生のクラスです。場所は西宮や十三、伊丹や上本町、芦屋、などなどいろんなところで教えていました。

一番思い出深いのは十三教室の子供たち。小学4年生と5年生を3年連続で担当したので、ある学年とは2年間の付き合いとなりました。十三教室はあまり大きくないので、この学年のほぼ全員を僕は覚えていました。上のSクラスから下のクラスまで度々教えていたんです。小5のSクラスの子たちからはパーフェクト(アンケート100点!)をよくもらいました。

こういうのって自慢じゃなくて、本当に懐かしくていい思い出なんですよね。

��年生になってからも時間外の質問受けとかよくやっていました。だって関学を目指しているなんて聞いたりとかしたら放っておけないじゃない!自分のクラスじゃないからアンケートにも反映しないし、時間外は完全にサービス残業だから、お金的には全くメリットないんですが、僕はこういう時間が本当に大好きでした。ある女の子のお母さんから個人的に感謝のお手紙をいただいたりとか、なんとも嬉しい。そういえば5年生のクラスでは女の子の交換日記のメンバーに入ったりとかして楽しかったなぁ。毎週の復習テストの実施時間中を利用して、交換日記に書き込んでいました。他の先生の話とかが、女の子らしい辛辣な表現で書いてあったりして面白いやら怖いやら。あと他愛もない話。僕の得意な(笑)キュートなイラストはとても役に立ちました。

兄妹で僕が教えた子たちもいました。僕がいる期間中兄が小4、小5、小6。妹が小3、小4、小5。2人ともとても可愛らしく、僕になついてくれていました。特に兄はもともと関学志望だったので尚更愛着がありました。ところが兄は小6の夏以降成績が伸び悩み関学はかなり難しい状況に。結局は急遽社会科を勉強し始めて関大に志望校を変更しました。それでも結構難しい状況。でもなんとか合格!その連絡を事務所のおばさんから聞いたときは、事務所のおばさんともども泣きそうなくらい喜びました。だって一生懸命頑張る子は応援してあげたくなるじゃない。

実はこの子が中2のとき、阪急京都線の電車の中で偶然会ったことがあります。向こうももちろん僕のことは覚えてくれていて、久しぶりに見た彼はずいぶんと背が伸びて、はやくも制服が窮屈な感じになっていました。こういうのって最高に嬉しい。彼ら兄妹とはその後もしばらくは年賀状のやりとりがありました。妹も可愛らしい子だったなぁ(もちろん交換日記のメンバー)。

十三教室の子で甲陽中学に合格した子もいました。小5時代はSクラスで成績はいつも良くて、宿題ノートの綺麗な字にいつも関心していた子です。彼とは彼が中3のとき甲関戦のプール会場で再会したのが良い思い出です。

あと関学に合格したマツオカ君も懐かしい。とても大人しい優等生でした。中学部で久しぶりにあったときにも、まだ僕のことろクロタキ先生と呼んでくれたのが良い思い出です。彼はモリ・ナガ・イナ・ムラ・オッキー(結局全員書いてしまう、なんとなく)の学年だったはず。ということは来年から社会人か…。光陰矢のごとし。

・・・

実はついさっきまで僕が昔書いていた「独り言」を読んでいたんです。だから今回は、当時の独り言みたいなテイストの文章になってしまいました。当時21の僕はこんな風に思ったことをそのまま率直な言葉で語っていました。また機会があればそのうちのいくつかを選んでここに載せてみようっと。

なつかしい99甲関戦にてそろそろ眠くなってきたので中途半端に終了・・・

このブログでは非常に珍しい僕いりの写真。

1 件のコメント :

  1. 塾の先生してたんですね(*^▽^*)
    きっと私が生徒だったら、クロさんをいじりまくっちゃうんだろうなぁ・・・
    夏期講習とか短期のものにしか塾って行ったことないなぁ

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