2006年4月30日日曜日

味噌汁ドライブ

伊東みそしる3熱海や伊東、伊豆の方をドライブしてきました。おいしい味噌汁を飲んで帰ってきたところです。

今朝は6時起き。ところが東名高速にのったらいきなり渋滞。「そっかゴールデンウィークだ」ということは初めから気付いていたのですが、それにしてもいきなり13キロとは・・・。でも結論から言うと本格的に渋滞してたのは最初の東名高速のみで、あとはほぼ快適に走れました。

厚木から小田原厚木道路に乗り、箱根を通り過ぎて海沿いの道を南下します。真鶴道路はずっと海岸沿いで良い景色。熱海を過ぎると、少し田舎っぽくなってきます。目的地は静岡県伊東市の川奈というところ。途中、車をとめて写真を撮ったりしつつ、10時30分には目的地についてしまいました。お店は11時から。

��枚目の写真はその場所から見える海です。午前中からずっと曇りだったのが悔やまれます。

途中、熱海のところで「これ以上南下しても特に変わらないから、このヘンで引き返そうかな」と思いましたが、引き返さなくて良かったです。熱海より先の方が景色もワイルドで、雰囲気も良かったです。伊東市に入ると道の両サイドに干物やさんが増え、いかにも「海にきたなぁ」という感じを味わうことができます。

伊東みそしる2さて今日行ったのは「海女の小屋 海上亭」という、味噌汁とどんぶりが売りのお寿司屋さんです。とても有名なお店らしく11時の開店前には20名くらいの開店待ちが発生していました。10名が「ご近所夫婦熟年ツアー」みたいな人たちで、他は大学生のグループとか、地元の人とか。ご近所夫婦熟年ツアーはご想像通りケタタマシかったです。ちょうど自分の両親と同じ「子育て終了組」ぐらいの年齢で、非常に楽しそうでした。

��枚目の写真が、この店の味噌汁のメニューなのですが、伊勢海老汁2630円が目に付きます。せっかくだからこれにしても良かったのですが、ちと高すぎ。このほかにどんぶりや定食のメニューもあるのですが、そちらも結構高くて2000円前後になってます。ここは是非地元の海でとれる新鮮な魚を生かしたものをチョイスしたいところです。さーどれにしようか。

伊東みそしる1.jpgで、「海女っ子丼」と「きんめ汁」にしました。3枚目の写真です。ちなみにお値段はあわせて3000円弱でしたが、それだけの価値はあります!非常においしかった!特にきんめ汁!きんめ鯛が入ってるのですが、メニューに「伊豆の金目は全国的にも有名で、味も別格です」と書いてありますが、確かにそうかも知れません。身も汁も最高においしかったです。海女っ子丼も新鮮な刺身やウニやイクラや岩のりやらがのった非常にお買い得感ある商品になっています。

ちなみにこちらではこういう「ご飯の上に刺身がのってるもの」をチラシと言うんです。関西でチラシと言えば、細かく切った具財をご飯の中にまぶしたものを指します。言葉の意味が全然違うみたいです。「海女っ子丼」もメニューには「チラシどんぶり」との表記が。まぁおいしければ何だっていいのですが。

というわけで「休日のちょっと贅沢お昼ご飯」は大成功でした。また来たいです。場所もいいんですよね、ここ。店の前が浜になっていて、突堤でつりをしてる人がたくさんいます。浜ではおばさんらが岩のりみたいのを採集しています。そしてもちろん海の匂い。お勧めです。

さて食べ終わってさぁ帰ろうかなというところでついに雨が降ってきました。下道だとさすがに屋根は空けられません、ので閉める。

もう少し南下すれば「天城越え」を果たせるのですが、今回は果たさず。越えたら何があるんでしょうね。

帰りは伊豆スカイライン→箱根ターンパイクを通りました。最高のドライブルートです。天気が良かったらなぁ。明日の日曜日にしても良かったのですが、こういうのは思いついたら即行くことに意味があるので…。

ちなみに今日はエルグランドとアルファード、それとBMWがやたら多かった。伊豆スカイラインではエルグランドに、箱根ではBMWにつっかかってスムーズにドライビングできませんでした。別にカッ飛ばしたいわけではなく、心穏やかにゆったりと走っていましたのですが、前のエルグランドがだんだんペースアップしていくわけです。僕は車間距離を十分以上に開けて「別にプッシュしてないからゆっくり走りなよ。家族で乗っんだろ」という意思を示してます。でも、たぶんドライバーさんが家族にイイとこ見せようとしてるのか、それとも峠に目覚めたのかはわかりませんが、途中から明らかに飛ばしはじめました。始めのうちは僕も「よしよし」と思っていたのですが、要は飛ばし方があまりに中途半端なんです。僕がちょっと踏むとすぐにつっかかっちゃう。あぶないから車間距離とりたいんだけど、ヘンなペースで走られるから感じがつかめない。ちょっと直線だとブオーって行くし。僕からすれば「トバすんならちゃんとトバしてくれ、そうじゃないならゆっくり走れ。もしくは僕を先に行かして」という思いです。ためしに近づいてみたら、相手がより頑張っちゃったので、もう最悪のパターンです。エルグランドからすれば「軽がつっかかってきてる、よーし離してやる」とでも思ってるのかも。あーじれったい。抜こうと思えばいつでも抜けるのですが、さすがにそれはオトナゲないし、相手が反応すると危ないし…。

だいたいキミたちは何馬力の車に乗ってるんだい!とだんだんイライラしてきます。あー中途半端野郎め!でもここでつっかからないところが今の私です。車間距離は十分にとります。所々パーキングエリアの近所で「先に行かしてよぉ」という意思を示すのですが、全然効き目がありません。結局ずっとつっかかったまま20キロくらい走りました。

箱根ターンパイクでは雨が弱まったので屋根を開けて走りました。やはりこういうところはオープンで走らないとね!と快調に走っていたら、今度は先代BMW3シリーズに引っかかりました。この人も中途半端。なんでそこでブレーキやねん!とか、何でそこで加速するねん!ほらすぐブレーキやろ!とか、お前さっきまで元気良かったのに急にどうしてん!いい加減どけ!!!とまたまただんだんイライラしてきます。こういう場合はもっとあからさまにプッシュした方がいいのかな?でも車間距離詰めるのは危ないし。ライトを使ってパッシングすればいいのかな。パッシングって慣れてないんですよね。「前の車どけ!」という意味では人生で2回くらいしか使ったことがない。ましてここ1車線道路だし。

あ、ちょっと不快な文章になっている…。すみません。でも週末のエルグランドとかBMWってタチが悪いです。周りが見えていない人が多すぎです。なんだかフラフラしてるし。

帰りの小田原厚木道路では覆面パトカーを発見。周りの車も気付いていたので、そんなにスピードが出ていなかったのですが、やっぱ追い越したくないですよね。ということで後ろについてのんびり法定速度で走りました。のんびり走るのもいいものです。追い越し車線の車が次々に覆面パトカーに気付いて左車線に入ってくるのは面白かったです。その状態から誰もが気付きます。

途中の料金所で覆面パトカーが一般ゲートに並んだところを確認して、僕はETCレーンから一気に加速して見えなくしました。極力左車線を使って、とりあえず見えなくなるまで逃げようと(笑)。だってさすがにずっと法定速度では疲れる。言ってることが矛盾してるかな?

箱根からは雨の中ずっとオープンで川崎まで帰りました。帰り=東名のぼり線は渋滞なくすーっと帰ってこれました。問題はどこで屋根を閉めるか。結構雨が降っています。「小雨」ではなく普通の雨です。走ってる途中は車内が濡れることはありません。頭も髪の毛も濡れません。でも止まったら…やばいです。東名川崎を下りて最初の信号待ち。ここで雨が弱まったからといって屋根を閉めなかったのでまずかった。「これならいける」と思い、そのまま進行。案の定途中雨が強まり、たまらず途中でわき道に入り停車。どわーって感じで雨が降り注ぎます。助手席の地図の表紙で雨が跳ねる音が聞こえます。その間10秒ほどですが、結構濡れてしまいました。まぁそれがオープンカーの楽しみなのかもしれません。たぶん違うけど。

今度はどこにお昼ご飯を食べにいこうか…。一人だと結構選択の幅が狭くなってしまうのが難点です。

伊東みそしる標識ちなみに4枚目の写真は途中で見かけた標識と看板です。左は「特に言われなくてもその気持ちは必要やろ!だいたいなんでここからやねん!」というツッコミを入れたくなる謎の「いたわりゾーン」。しかもこの後すぐに「いたわりゾーン ここまで」という標識があり、思わず「もうおわりかい!」と叫びたくなりました。そんなもの「ここから」「ここまで」で指定するもんちゃうやろ-、って思うものの、これはたぶんそこに老人施設があったんでしょうね。それにしてもわざわざ看板つくって始まりと終わりを指定する必要はあるのでしょうか?歩道もちゃんとついてる普通の道でした。場所はたぶん湯河原らへん。右は「ねこの博物館」、今度行きましょう。遠いけど。

2006年4月27日木曜日

過去文書『ヘンな人シリーズ1』

※この文章は1999年12月10日に「カモノハシ通信12月号」用に書いたものです。ちなみにこういう過去の文章は全部で400回分ぐらいあります。自分で読むとかなり恥ずかしい。よくこんなのネットで公開していたなと思います。

大学2年生の時のとっともおかしかった英語の先生について書きます。女の先生だったのですが、とにかく怖いくらいヘンでした。

この人の口癖は「驚くなかれ!」。1回の授業中に5回も6回も多いときはもっとたくさん「驚くなかれ!」って言うので、学生の間では「オドロクナカレ」というあだ名が定着してしまいました。でも驚くなかれ、全然驚かないところでばっか「驚くなかれ!」って言うんです。それもすごい大げさに。

英語の授業は主にナチス・ドイツに関する文献(だったか小説だったか)を読解する内容のものでした。異常なくらいナチス・ドイツに関心が強い人でそういう意味でも相当に怖かったのですが、例えばこういうトコで「驚くなかれ!」を使ってました。

当時ナチスドイツはユダヤ人を目の敵にしてものすごい迫害を加えていましたが、ユダヤ人以外にもナチスが目の敵にしてた民族がいくつかありました。それがいったいどの民族だったかわかりますか?って学生に聞くんです。もちろん教室はシーンとなります。そこに大きな声で

「驚くなかれ!ジプシーだったんです!」

「知るかー!」でしょ?でもこの「驚くなかれ!」が出たことで学生は「でたぁ!」って感じでザワザワします。友達同士顔を合わせたりして「またでたな」「ああ」てな感じで。幼稚な学生だと思われそうですが、本当に面白かったんです。それ以外にもことあるごとに「驚くなかれ!」を連発していました。

当時『ダウンタウンのごっつええ感じ』という番組がありましたが、その中の松本人志扮する「四万十川料理学園料理長の四万十川さん」ってのにその先生はそっくりでした。だから「オドロクナカレ」の代わりに「四万十川」でも学生には通じました。そのヒステリックなトコもよく似てたんです。

そういえばこの人の試験も本当にヘンでした。これはれっきとした英語の授業だったのです。なのに試験は問題文の一部は英語だったものの、回答はすべて日本語でするものでした。しかもその内容はたしか「迫害を受けていたユダヤ人の心理について書きなさい」かなんかそういうものでした。その試験を受けたあと誰もが「全然英語と関係ないやんけー」と叫んでました。だから必死に英語の勉強をしてた人(授業で使ったテキストを必死で読解したり訳をつけたりしてた人)はかなり怒ってました。しかもまたそういう人が落とされてたんです。僕の柔道部の友達も落とされてて、ほとんど本気で「殺したるぅ」って言ってたのが印象的です。

ああいうヘンな先生がいるところが関学らしい…なんて間違っても言えないくらいヘンな先生でした。たぶん法学部の教授さん達はあつかいに困ってたんじゃないでしょうか?授業そのものはけっこうまじめにやってらしたのでそれはよかったのですが…。それにしてもヘンだったなぁ。


��今の自分からのコメント>
大学2年生だったころから早くも10年の時がたとうとしています。なんだかついこないだだったのにな。(さすがに中学生や高校生時代のことは「ついこないだ」とは思いませんが)

ちなみに四万十川料理学園の人は「キャシィ塚本」が正解でした。

2006年4月26日水曜日

過去文書 『真夜中の反省』

※この文章は2001年4月2日に当時のHP内コラム「カモノハシの独り言」に書いたものです。

約一ヶ月ぶりの更新となってしまいました。ホームページを始めてから、こんなに長い間更新作業を行わなかったのは初めてのことです。仕事が忙しくなってきたことがおおよその原因だと思います。

社会人になる前までに比べると日記系の更新意欲がかなり低くなってしまっています。書きたいことはたくさんあるのですが、どうも筆が進みません。もともとカモノハシなどの日記は全部「自分のため」に書いていたのであって、「別に誰も読んでなくてもいいや」という意識がありました。でもやはり心のどこかでは誰かに何かを伝えたいという気持ちがあったのかも知れません。特にコーチを引退してからはHPという媒体を通して何とか何かを伝えたいという気持ちが強かったのかもしれません。そういうわけで、最近になってホントに誰も読まなくなってからは、自分の中でのそういうモチベーションが低下してしまっていました。つまり「書いても意味ないや」という風に思ってたわけです。(もともとそれでいいはずだったのに。)

コーチのときから一貫して感じていたことなのですが、ホントのところ自分は誰かに何かを伝えられるほど「偉そう」な存在なのだろうか?という大問題があります。もちろんそんなわけが無いのはわかってるのですが、コーチをやってる時はウソでも自分を信じていないと何にもできないわけで、それは自分でもよくやっていたと思います。自分が正しいと思うことを自分の頭で考えてそれを実行することは、なかなか難しいことです。(もちろんそれが原因の様々な問題があったのは今や良い思い出?ですが…。)

でも今になって思い返すことは「反省」ばかりです。彼らに対して自分では良かれと思ってやっていたことが(もしくは「やってあげてた(偉そう)」ことが)、今から思うととてもマズいことだったのではないかと思うのです。そういうことが週に1回くらい真夜中のベッドの上で自動的に浮かんできます。(まさに今がそうです。夜中の3時に僕は布団から出てパソコンの電源を入れ、キーボードをたたいてます。コチコチ…っと。)

でもそんなときに思うことは、自分がずいぶん彼らから遠いところにいるんだなということなんです。今更僕が何をどう反省したところで、彼らはもはや僕の手を離れ(というのも大げさなんですがね)、僕とは無関係に、僕の知らない世界で生きてるんだなぁって。どうやったところでもう後戻りはできないってことです。それが寂しいとか言う年でもないのですがね。(今年の6月で25歳!!)

ヒライ君達が2年生だった99年、クラブが終わった後、僕はよく西宮北口の梅田行きホームで彼らが現れるのを待っていました。彼らが歩いて甲東園まで行く間での間に僕はイナガキ君の車で先に西宮北口の駅に送ってもらっていました。どうしても僕の方が先につくことになるので、ホームのイスに座って彼らを待ってました。しばらく待っているとナガタ君、イナダ君、タキムラ君、ヒライ君、スズキ君がやってきます。彼らに発見してもらうのが毎回楽しみでした。毎日毎日そんな風にやっていたわけではありませんが、できるだけ彼らと会いたかったのは事実です。そこから梅田行きの特急か急行に(時々は普通に)乗って梅田まで行くわけですが、彼らにしても「正直うっとおしい」ときも多々あったでしょう。例えば月曜日なんかだと密かにジャンプを読みたいのに読めない(笑)ですしね。ホントのところ彼らはどう思ってたんだろう?自分で思いますが(当時も思ってましたが)身勝手な人です。結局自分が彼らと一緒にいたいだけであって、ある意味ストーカーですよね。

同じような要領で時々甲東園の駅に先回りして彼らを待つこともありました。甲東園の駅のホームで何本か電車をやり過ごしながら彼らを待つ時間というのは何ともむず痒い時間です。「さっさと帰れよ」というオトナゲのある自分と、彼らとちょっとでも一緒にいたいというオトナゲない自分とが、せめぎあいます。彼らが来たときにすぐ気づくことが出来るように、僕はいつも階段のそばに立って待っていました。そこで待っていると階段の上の方から聞き覚えのある複数の声がしてきます。僕はあえて「たまたまそこにいる自分」を演じて、普通に文庫本を読んでいます。その数秒後に誰かが「あ、クロさんじゃないですか」と言ってくれます。そういうのが好きだったんです。モリヒロシあたりは「またおる…」とあからさまにヤな表情を浮かべて言ってくれます。そういうのが本当に好きだったんです。

そんなこんなを反省しながら僕はこのカモノハシを書いています。反省すべきことは他にも山のようにあります。さっきも書きましたが、そういうのが週に1回くらい、夜寝る前に浮かんできてしまいます。そうなるとうまく眠ることができません。

そして反省しながらも、またいつか甲東園の駅のホームの階段の下で彼らが降りてくるのを待ちたいなぁなんて思ったりもしています。彼らはもう随分大きくなってるんだろうけど。


��今の自分からのコメント>
まさにストーカーですね。でもこういう文章を読むとコーチをしていたころの気持ちがリアルによみがえってきます。最近はこういう気持ちになることも減りましたが…。

2006年4月25日火曜日

ビートを買った!

beat1先輩が(笑)!

いつも世話になっているカイシャの先輩がホンダ・ビートを買いました!!引き取りのため、先日の土曜日は京都まで行って来ました。(コペンで行って、別々に戻ってきた。僕は実家で一泊。)

ちょっとだけ動画を

ホンダ・ビートは言うまでもなくホンダの誇る軽のスポーツカーです。絶版になって10年経ちますが、今でもかなりの人気を誇ります。ノンターボの軽自動車で64馬力を出している車は今にいたってもこの車しかありません(たぶん;)。さすがホンダ。しかもエンジンは座席より後ろ、ミッドシップです。小さなNSX、それがビートです。

beat2武器はなんと言っても良く回るエンジンと車体の軽さ。僕も少しだけ運転したのですが、普通に4000回転、5000回転まわせます。というかまわさないと走らない(^^;)。もう少しギアになれて自在に操れるようになると非常に楽しく走らせることができそうです。そして挙動はとてもクイック。ホイールベースは僕のコペンよりもさらに短いし、ステアリングも小さいし。ミニバンしか乗ったことのない若者に乗せてみたい。きっと驚くだろうな。

車は移動のための手段です。モノが載せられて、快適に移動できればそれでよい…。という考え方は正しいです。それは認めます。でも、車は楽しい乗り物でもあります。モノが載らなくても、快適じゃなくても、楽しい時間を過ごすことができます。それを手に入れることで、人生に少しの彩りを与えることができます。ほんの少し生まれ変わることすらできます。だってそうでしょ?オープンカーのある人生と、ない人生とでは(少なくとも僕にとっては)全く違った印象です。ひょっとしたら錯覚なのかも知れないけれど、錯覚している間は存分に楽しめます。

ちなみに先輩はマツキダさんというのですが、マツキダさんは別にトヨタ・ランドクルーザー80に乗っています。かたや排気量4000オーバーの本格SUV、かたや660ccの軽スポーツカー、楽しいですよね。

��枚目と2枚目の写真は、京都・嵐山での写真です。観光客の皆様にもとても好評でした。何人かの人は写真を撮ってました(笑)。

りょうさんコペン3枚目はコペンについての両さんの熱弁です。そう、軽自動車であるということがなにより重要なのです!!コペンの場合はさらに電動の屋根までついてます。軽自動車はいいですよ。維持費も安いし、交換パーツも安いし、そもそも車体も安いし。ビートやコペンのような車は、軽自動車にしか出せない楽しさもあります。

だれかスズキのカプチーノ、もしくはマツダ・AZ-1を買ってくれないかな。そしたら軽スポーツトリオ結成です!

2006年4月20日木曜日

やりました、ついに

コペンコックピット.JPGやりました!ついにやりました!

無事故無違反1年間!

僕が免許を取ったのは昨年の4月19日。そこから苦節?1年、ついに無事故無違反を達成しました。そんなの世の人々にとっては至極当たり前のことかとは存じますが、何がこんなに嬉しいのか説明します。

免許停止になったことがある人はよくご存知だと思いますが、免許停止や取消の処分を受けると「前歴(と呼ばれる免許に関する行政処分履歴)」が1つカウントされてしまいます。「前歴」カウントが増えることでどんなマイナスがあるかと言うと、次に免許停止になるまでの点数が減ってしまいます。つまりノーマル状態の人は6点(踏切不停止×3とかですね)で短期免停、9点で中期、12点で長期免停、15点で免許取消です。これが「前歴」1回の人だと、4点で中期、6点で長期、10点で免許取消、と言う様にハードルが下がってしまうわけです。

僕の場合、要は「前歴」2回となっていまして、これだとなんと2点で長期免停、そしてたった5点!で再度免許取消となってしまうのです。5点と言えば30キロ以上のスピード違反一発(6点)です。しかもしかも、もし再度免許取消になってしまった場合、「過去5年間に免許取消を受けたことがある人特典」としてプラス2年も免許欠格期間がサービスされてしまいます。要はもしスピード違反で赤切符を切られたら、その瞬間3年間の免許取消になってしまうわけです(正確には額面どおりの年数にならないこともあるのですが、ルール上は)。僕はそんな状態だったわけです。

これが1年間の無事故無違反の期間を経た本日

前歴0回!累積0点!

になったのです!なんて素晴らしい!整理して正確に記述しておきます。まず累積点数です。通常「過去3年分」が累積されるわけですが、僕のように免許停止や取消になり、それ相応の処分を受けることでこれは0点になります。そして前歴ですが、これは1年間無事故無違反をすることで0回にリセットされます。そういうルールなんです。いやーこれでかなりラクになりました、心も体も。

そんなわけでこれからも優良ドライバー、ゴールド免許目指して無事故無違反を続けていきたいと思います!

そのために先ほど「オービス・ガイドマップ06~07」をコンビニで購入!しっかり覚えて対策だ!(←結局分かっていないらしい、と自分でつっこむ)

写真は本文とは特に関係ありません。千葉県のとある踏切にて。

昔話

もり亀有メイン.JPG先日、モリヒロシ君が関東に来たついでにウチに遊びにきてくれました。僕が水泳部コーチをしていたころの中学生で、現在は就職活動中の大学4回生です。名だたるカイシャの最終面接をいくつか受けていました。きっと満足いく結果が出るのではないかと、僕は密かに予想しています。(と、持ち上げておく。)

自分がコーチをしていたときの子供たち(中学生なんて子供だよね)が、関東に来て一緒に遊んでくれることは、実はすごく嬉しいことです。どのくらい嬉しいことかを言葉にするのは難しいのですが「なんだったら帰りの飛行機代くらい出してあげてもいいから是非おいで」と本気で言ってしまいたいぐらい、僕にとっては貴重な人たちなわけです。帰りだけってのは若干セコイですが(笑)。

しかもさらに嬉しいことは、みんな大学生になっても「ぜんぜん変わってないなぁ」と思えることです。みんなイッパシな事を低い声でしゃべったりしてるけど、僕から言わせれば「なんか背伸びしちゃってるな」なんて分かっちゃうわけです。なんとなく、でも確実に。僕の目から見た彼らは永遠にあのころの印象のままです。

もり亀有1モリヒロシ君も「オレらの中で僕ぐらいじゃないですか、こんなに感じが変わったの」などとおっしゃってましたが、「なーに言ってるんだい相変わらずだな」といった感じです。

後輩に限らず僕らの世代の間でも同じですが、久しぶりに会ったときでも、一瞬にしてあの頃に戻れるのが仲間ってもんです。きっと30年後、僕がヒラ社員のままで、彼らが部長とか社長になってたとしても、でもきっと僕らはコーチと選手のままで話をすることができます。どんなに長い間離れていたとしても、会って少し話をすれば、僕らはあのプールサイドの匂いを思い出すことができます。僕はそれが何よりも大切な、絆のようなものではないかと常々考えています。…とは言え自分があんまり落ちぶれていたら、胸を張って彼らに会うことは難しいかな…、だからせめて人並みにはしっかり生きていかないとね。

変わらないものも大事ですが、変わっていくこともあります。みんなが成長していく姿はなんと言っても嬉しいものです。今は「背伸びしてる感」があったとしても、あと数年もすれば立派にイッパシなことを語れるようになるのでしょう。それぞれの世界できっと立派な何かを残していくのでしょう。もうとっくに僕の手を離れている(なんて書くのすらオコガマシイとは思うものの)ものの、それは少しだけ寂しいことでもありますが。

もり亀有2…と、なんだかしんみりした気持ちになってきました。僕はもともとひどく懐古趣味的なところがあるので、たまにこういう気持ちになります。バック・ミュージックにはゆずの「シュビドゥバー」か、玉置浩二の「ルーキー」をかけてください。

モリヒロシ君はウチに一泊したのですが、昔の写真やビデオやらを一緒に見るのが非常に楽しかった。実はモリヒロシ君と昔話をするのが、ささやかな僕の夢のひとつだったので、それがかなってなんだかとても嬉しいです。いろいろあるんですよね、彼に対する僕の中での反省点が。ああしとけばよかった、こうしとけばよかったって。でもあんまり後悔はしてなかったり、と、自分でもよくわからない(笑)。例えば、彼ら(と言うのはモリヒロシ君とオキタ君の2人)が中3の文化祭で「夏みかん」をやったときに、僕がギターやらハモリやらをベッタベタにくっついて指導「させていただいていた」ことって僕の中ではすごく大きな反省点だったわけです。「自分が少しでも多く関わりたいがために、彼らにかまいすぎた。彼らも結構嫌気がさしていたはずだ」と思っていたし、さらには「そんなこんなを謝りたいな」と真剣に思っていた…、というか思っているわけです。当時の僕は、少しでも彼らに関わっていたい!そんな精神状態でした。ある種のストーカーです。自分が「好かれているかどうか」に関わらず、一方的な思いを押し付けていた面が確かにありました。結局僕は自己満足のために行動をしていた偽善者です。

でも今回、モリヒロシ君とのちょっとした会話で気持ちが救われました。その上で改めて「夏みかん」のビデオに写っている、体育館前で笑顔で歌っている彼らを眺めるとちょっとばかし感動したりしました。バカみたいですが。…でも本当にこのビデオはバカみたいなんですよね。シュビドゥバーを歌っている彼らを4箇所でビデオにおさめているのですが(体育館前、前日リハ、校内ステージ、本番)、それらの所々を上手につなぎ合わせて、1つのPVみたいに仕上げている。相当なヒマがなければできませんこんなことは。自分で見てバカみたいだと思います。それが何より楽しかったのですが(笑)。

kgst_98久しぶりに「正直な」文章を書いたかな。全体的にちょっとバカみたいですね。昔の「カモノハシ通信」とか「一人語り」とかって、こんなのばっかりでしたがね。

そんなわけでみなさん、ご近所にお立ち寄りの際は是非ウチに遊びにきましょう!

2006年4月7日金曜日

ヒマな人いますか

4f6d50fb.jpg急遽、今晩大阪に帰ります。イナガキ君も一緒です。

そこで明日土曜日は西宮で花見でもしよう計画が発動。

明日のお昼ヒマな人は西宮北口あたりに12時においでください。

ではよろしく。

2006年4月2日日曜日

洗車とコーティング

コペンコーティング.jpg昨日、コペンの洗車&コーティングを行いました。

カーウオッシュSHIFTというお店で、都内の千住というところにあります。上野の上の方。Googleで調べてここに決めました。「洗車」で検索すると、スポンサー欄の一番上に出てきます。

実はずっと以前からポリマーとかガラス系のコーティングしてみようと思っていたのですが、なかなか実現できずにいました。けっこうお値段するんですよね。コペン1号のときも雑誌XACARで紹介されていたアークバリア21の施工を検討していたのですが、その前にああなっちゃいました。

今回は贅沢にも用意されている中でも最上級のコース「ポリマーとガラスのハイブリッド・コーティング」をチョイスしてみました。

手洗い洗車後、鉄粉除去、磨き、ポリマー加工、ガラスコーティングの順で実施され、トータルで4時間近くかかりました。ポリマーで艶っぽくなった状態のボディを高硬度のガラス皮膜(しかも今回はガラス皮膜×2)で覆うので、艶っぽさが持続すると同時に小傷がつきにくい。しかも親水性ということで水玉ができない仕様。

この店は待合室から作業の様子を眺めることができたので、なかなか興味深かったです。「磨き」ができるベテランさん2人+学生アルバイトらしき人たち4人の計6人がかりでやってくれました。途中ベテランさんがアルバイトさんに指導なんかしながらも、みなさんなかなか一生懸命作業にあたってくれていたような気がします。

できあがりには大変満足しています。よーく見ても細かい洗車傷とかが全然見えません。そして滑らか&ピカピカ。これがしばらく経ってみてどうなるか、それがポイントです。

ところがその後大問題が発生。家の駐車場について、駐車場の鍵(うちのは機械式なので鍵がないと動かない。しかもまずいことにスペアを紛失中)がいつも入れている灰皿の中にない!!灰皿の中もぴかぴか、なのはいいですが中に入れてたのはどこにやったの!?ダッシュボードの中を見ても、どこを見ても入っていません。あーあ、と思いつつ先ほどの店に電話。ここなんと24時間営業なのです。聞くとやはり向こうにでごみと一緒に捨てられていたらしくこれから届けるとのこと。結局駐車場の鍵が届いたのは夜中の3時。向こうもうんざりしたろうけど、僕だってかなりうんざりしました。まぁその日のうちにすぐさま届けるところは立派です。お店自体は悪くありません。

まぁこれで当分の間はピカピカなはず。愛車への愛着がますますわいてしまう今日この頃でした。

のび太の恐竜2006

1c0c2897.jpg今日はなんとドラえもんの映画「のび太の恐竜2006」を見てきました。写真は入場記念プレゼントでもらったもの。後ろのピー助をひっぱるとゼンマイ仕掛けでドラえもんがトコトコ歩く仕組みになっています。

映画はやはり良かったです。どうしてもドラえもんの声に違和感はありますが、久しぶりに見たドラえもんの映画はやはり素晴らしかった。映画になるとジャイアンはやたらいいやつだし、のび太は勇敢だし。そしてワルモノはどこまでもワルモノだし。そういう「わかりやすさ」が今の世の中には必要だと思います。

いろいろと演出とか表現とかに文句を言いたくなる場面もありましたが、それはかつてのドラえもんを基準に考えているからであって、今の子供は今のドラえもんが自分の中のスタンダードになっていくのでしょう。いずれにしても昔の子供も、今の子供もドラえもんの話をすると夢中になれます。それが最も大事で、すごいことなのですよね。

それはそうとドラえもんの映画を映画館で見たのはたぶん11歳か12歳のとき以来だからおよそ17年ぶりになります。17年ぶりって簡単に言うけど、ちょっとスゴイですよね。最後に映画館で見たドラえもんはたぶん「鉄人兵団」だったかな。

でも帰ってきて昔のドラえもんを見てみると「やっぱりこれだよな」と思ってしまいます。実はさっきまで「のび太の魔界大冒険」を見ていました。いやー、これ面白い映画ですよね。途中で一回終わったかのようにエンド・タイトルが出るところとか昔も興奮したけど、今見てもすごく楽しめます。今度は「海底鬼岩城」を見ようっと。

のび太の恐竜2006、お勧めなのです。是非ご家族でどうぞ(笑)。