2005年2月27日日曜日

クルマ回想<その4 トゥデイ>

d6317e1f.jpg僕が自分で購入した、初めてのマイカーがこのホンダ・トゥデイです。見た分かる通り軽自動車です。ちなみに購入価格は諸経費込みで13万円です。安い!

安いけど問題は一切発生しませんでした。エンジンはあくまで軽快で、外装だって結構きれい、エアコンだって無茶苦茶ききました。なんでももとはNTT用の営業車だったらしく、外装をよーく見ればかつての「NTT ME」というステッカー後が確認できます。

カーステレオとスピーカが無かったので、電池で動く安物のアンプ付ポータブルスピーカにMP3プレーヤをつないで音楽を聴いてました。このクルマでよく聴いたのはなぜかバンプ・オブ・チキンさんのアルバムでした。

僕は自身の最初の車をコペンにしようと決めていました、当時。で、まずはダイハツに行ってコペンを注文したのですが、何と納車半年待ち!注文したのが7月で納車予定は年明け1月と言われました。そんなに待てないよ、というか「じゃあそれまでは安いクルマに乗っていよう!」と思って買ったのがこのクルマです。

このクルマはMTです。これもやはりMTで購入したコペンの練習用という意味があります。それまでに乗ってきた車はすべてATだったので、ちょうど良い練習になりました。そしてMTで運転することの楽しさを教えてもらいました。

コペンにも当てはまるのですが、非力な車だと、その車の能力をフルに発揮させることができます。これが高性能のスポーツカーともなるとそうはいきません、場所とスキルが必要です。この車で山道を登ろうものなら、アクセルは常に床まで踏みっぱなしです。またギアの選択も重要になってきます。この車の能力をスミからスミまで味わうことが可能です。

コペンが納車されて、この車を売りに出す頃には結構愛着ができていて、とても寂しい感じでした。まぁでもキャッシュバックこみで4万円で売れたので最高です。コペンと2ショットの写真を撮らなかったのが心残りですが…。

写真は、秋名…じゃなくて榛名湖での写真です。榛名山での軽トラとのバトルが懐かしいです。(ちなみにそのときのドライバーはイナガキ君でしたが)

クルマ回想<その3 カリーナED>

4a673c41.jpg大学生時代にもっとも良く乗った車がこのトヨタ・カリーナEDです。実家の車です。ワインレッド色が今から思えばとてもシブかった(良い意味)。

保険の関係で、実家にある2台の車のうち僕に使うことが許されたのはこの1台だけでした。クルマ回想シリーズ1のミラージュの後継にあたります。

それにしてもこの車、当時は町でよく見かけましたが最近はサッパリ見ません。一応「オシャレなファミリーカー」的な位置付けであったかとは思いますが、それにしても屋根が低い。ミニバン全盛の今、こんな車が売れるわけありませんね。グレードは今となってはまったく不明ですが、おそらくは最も安いグレードである1.8リッター(約100PS、トルク15ぐらい)のものだったと思います。もちろんFF。当時は車にそれほど興味がなかったのですが、100馬力しかなかったとは。その割には良く走っていたなぁ。と思うのはそれもそのはず車重が1120Kgとあります!これは軽い

この車に乗っていた時期は、僕が水泳部コーチをやっていた時期でもあります。何人もの部員がこの車にのったことがあるはず。車中で撮った写真もたくさん残っています。(みんなを乗せてるときは安全運転でした、はず。一応自己フォロー。)

この車で国道171号線を何度走ったことか。そういえば初めてオービスに引っかかったのもこの車でした。友達や水泳部の子じゅないヒトと初めてドライブに行ったのもこの車でした。あの時は梅田からなかなか抜け出せなくて困った。そういや親友とその彼女を後部座席に乗せて(助手席には誰もいない…)夜中に琵琶湖に行ったこともありました。あのときの彼女さんは今なにやってるんだろう?

この車は学生時代の思い出そのものです。なんてのはちょっと言い過ぎかな。

写真は「讃岐うどんツアー1998」のときのものです。運転してるのはイマニシ君。「なかむらうどん」を出るところです。

2005年2月25日金曜日

新橋もしくは汐留

15fbc146.jpgイナダ君が東京に遊びにきました。そして2人で飲みに行きました。

不思議ですよね、こないだまで水泳の選手とコーチ、もしくは中学生と大学生だったのに。あるいは全然不思議なことではないかもしれないけれど。

思えば昔(というほどのことでもないか)から彼は一貫して僕の「味方」でした。そんな彼に会うと「オレはもっとしっかりしなくちゃな」と思います。少なくともガッカリされないようにしないと…。

ところで今日聞いた話の中でもっとも衝撃的だったのは、イナダ君用の車がBMWミニ・クーパーだってことです。確かに良い車です。クーパーSじゃなくてクーパーってところもどちらかと言えば僕好みです。ただ…

ナガタとかぶってますから!!!残念っ!

…まぁそういうのも楽しいかな。今度乗せて下さいね。

もうすぐ大学3回生。今後の進路について、人生についていろいろと考え始める頃だと思います。就職活動のことなんて特に気にする必要はないけれど、何か打ち込めることに一生懸命頑張ってほしいと思います。たとえ一部でも、自分で自分を誇れるように思えることって結構大事です。あんまりプライド高いのも困りものだけどね(僕みたいに!?)。

写真は新橋駅でとりました。ブレブレでした…残念っ!
また会おう!

2005年2月3日木曜日

恥晒し、僕はいかにして免許を失ったか(後編)

免許停止明けの4日目、僕はまた車で出勤していました。その日も遅くに会社を出ました。首都高速道路を通り(9号深川線は通らず普通に)、千鳥町ICというところで高速を降ります。そこから先は別料金400円がかかる区間に入るので、そこで降りてあとは一般道を走る作戦です。夜中だし一般道も空いていて快適でした。もちろんオープン状態です。

さすがに免許停止明けすぐでしたので、僕にしてはめずらしく、おとなしく左側車線をゆっくりと走っていました。本当に言い訳でも何でもなく、あまり車をとばしたいという気持ちが沸いてこなかったので、平和に車を走らせていました。

長い上り坂に差しかかりました。2車線道路の左側を僕は平和に走行していたのですが、100メートルほど前方の右側車線を大きなバスがノロノロ走っているのが見えました。僕の車の方が若干速いスピードでしたが、全く問題となるスピードではありません。左側車線ではありますが、バスを追い抜いてしまうのは明白でした。そんな状況で、後方から右側車線をタクシーが結構なスピードで走ってくるのが見えました。「こいつはきっとこっちの車線にきてバスを追い越すだろうな」と僕は思いました。その読みは正しかったのですが、そのタクシーはなぜか僕の車のちょうど横にきたぐらいのタイミングで(その時点でバスのすぐ後ろぐらいに迫ってた)、左指示器を出して車をこちらに寄せてきたのです。「おいおい、なんだよ」と思いながら僕はアクセルを踏んでスピードを出し、僕の後ろにタクシーを入れてあげました。このとき僕がブレーキを踏んで、僕の前にタクシーを入れてあげていたら…、このとき僕がアクセルを踏みすぎなければ…。そうです、結果的に結構なスピードを出してしまっていました。そしたらいたんです、移動オービスが!!

一瞬「なんだこんな路肩に車とめて、このワゴン……あ、ひょっとしてこれが!」「パシッ!」…。またもや赤い光です。その場所で移動オービスを見たのはそれが初めてでした。ワゴン車の後ろにカメラを積んでいるタイプです。というか移動オービスって、運転者をやたら驚かせて危険だから全国的に数が減っている、というニュースを読んだことがあったくらいだったので、まさかそんなものが、よりによってこんなところに(上り坂を登りきったとこにいた)いるなんて!!……ゲームオーバーです。またもや車ともどもうなだれて寮に帰りました。ちなみにタクシーは助かったみたいです。

前回同様、超過50キロ以上、減点12点。もはやどうでもよいのですが罰金はまたもや9万円でした。ところがこのときの違反通知はがきがなかなかこなかったんです!!もっとさっさと取消にしていてくれればあんなこと(この「悲劇」はまた今度書きます)にならなかったのに…、というのはあまりに責任転嫁です。すみません。オービスが光ったのが2003年11月頭で、処分が下ったのは2004年3月17日でした。

最初の違反で「免停等の前歴1回」がカウントされてしまっていますので、今度は免停や免許取消になる点数が減ってるわけです。前歴0回だと15点で取消だったのが、今度は10点で取消になってしまいます。最初の12点は停止処分を受け済みなのでカウントされませんが、12点となれば一発取消対象点です。

ネットで調べてみればわかりますが、取消の対象点数となっても、場合によっては処分が軽減されて長期免停になったりします。ちょうどその頃、大阪府警が独自の裁量で全国の標準よりもかなり甘めに処分を軽減していることが発覚したりしていました。そんなこともあって、僕は勝手に「まぁ免停に軽減されるだろう」と確信していました。このスーパー愚かな考えが、より悲劇を招いてしまうわけですが、それはまた今度書きます。

結局3月17日、免許取消の処分が決定されました。その日僕は家から自転車で免許センターに行ってたのですが(とても近いところにあるんです)、帰りはタクシーで帰りました。さすがの僕も本格的にガックリきていましたので…。

というのが僕が免許を失った経緯です。こうやって書いてみるとわかりますが、自分がいかに愚かな考えを持っていたことか。本当に恥晒しです。先日受講した「取消処分者講習」では講師の人から「あなたたちはマナーが守れない人なんです。思いやりがない人なんです」と言われましたが、反論できません。千葉県だと免許取消処分を受ける人は、全免許人口の0.05%なんだそうです。僕はそんなとんでもない確立の1人になっていたわけです。今まで漠然と「僕はほぼ模範的な社会人をやってるもんね」と思っていたのですが、そうではなかったわけです。ということに気づきました。

どうか真似だけはしないように、僕の二の舞になることだけはないように、お気をつけください。

しかしさらなる悲劇は続きます。途中登場したキーワード(9号深川線、4日間)は次回登場します。ではまた。

恥晒し、僕はいかにして免許を失ったか(前編)

僕は今現在、自動車の運転免許証を持っていません。昨年2004年の3月17日に取消処分を受けたからです。これから書くことは僕にとって「恥晒し」でありますが、自らへの戒めの意味として、また「悪しき見本」として誰かの役に立てればと思いもこめて、書いてみます。今となっては笑い話にしちゃってますけど。

話の始まりは2003年の夏のこと。この年の4月から会社の場所が品川インターシティに引越し、僕はたまに車で出勤することがありました。1日1500円の駐車場が近くにあったからです。「今日は遅くまで頑張らないといけないな」という日にはよく車で出勤してました。あの日もそうでした。

午前0時頃に仕事を終え、家路につきました。愛車の屋根をあけ、オープンにしました。7月始めだったので夜風がちょうど気持ちよい時期です。首都高速道路を通って寮に帰るのですが、その日はちょっと余分にドライブを楽しんでいたい気分でした。これがそもそもの災いのもとで、時間も遅いのだからさっさと帰っていればよかったのに、僕はわざわざ高速道路を遠回りして、9号深川線(ここ重要なところ)経由でレインボーブリッジを渡って帰ることにしました。

��号深川線は「ちょうど良い」コーナー(というかカーブですね)が立て続けに出てくる道路です。気取って直線でスピードを出している大きな車がスピードを落としてカーブを曲がっていくその横を、僕の軽自動車がすいーっと抜き去るのは快適です。…と当時は感じていたんです。僕の軽自動車はカーブを曲がるのが結構得意なのです。連続のS字とかもあって「ここが見せ場だ」とばかりに、今から思えばとんでもないスピードで車を走らせていました。(これが後に「スピード違反」どころではない事態を巻き起こすわけですが…。)あぁ、書いていても気が滅入る。

そのS字カーブを抜けて少ししたところに自動速度取締機(俗にオービス)があります。僕はそれを知っていました。でもそのオービスは長い間「死んで」いました。と、いうのはこれまでに何度も僕の車や人の車でその場所をオーバースピードで通過していたのですが何も反応していなかったからです。たぶんそれまでは所謂レーダーにも反応していなかったはずです。ところがその日は違いました。たぶんレーダーは鳴っていたはずです。でもおろかな僕はそれを信じませんでした。重ね重ねおろかです。

僕の目に赤い光が飛び込んできました。人生で2度目です。「やってしまった」と思ったところでもうどうしようもありません。うなだれて(たぶん外から見た僕の車もうなだれていたことでしょう)千葉まで帰りました。

具体的な速度は差し控えますが、超過50キロ以上、減点12点、一発免停です。ちなみに罰金(反則金ではない。額は簡易裁判で決定される)は9万円です。所謂長期免停90日間です。会社を休んで処分者講習を2日間受け、免停期間は30日間に短縮されました。

これにより2003年の10月頃の30日間(これがまたオープンカーにとって最も快適な季節なんですよね)、僕は免許ナシの生活をおくりました。

そして免許停止明けの4日目(この4日目というのもキーワード)、またもや愚かな出来事が起きてしまいます。(続きは後編)

仮免許一発合格

仮免許試験(普通自動車一種)、合格しました!

学科と技能を1日で終わらせることに成功しました。ちょっと自慢ですが、仮免許を一発でクリアするのって結構難しいらしいんですよ。…ホントですよ!一度Googleで「一発免許」って検索してみてください。体験談がたくさん出てきますから。

今日最も驚いたのは仮免学科の合格率の低さです。仮免学科試験は全50問、みなさん受験したことがあるであろう本免許の学科に比べるととても簡単です。なのに合格したのは15人(仮免MTとAT)中なんと4人!おかしいですよね。少しくらい勉強してくれば良いのに。とは言え僕も結構ヒヤヒヤしましたが(だって「高齢者マーク」が強制かどうかなんて知らないよ!)。

学科が午前中、そして午後が技能試験です。これは緊張しました。まさか一発で合格できるとは思ってませんでしたが、「欲」はあったわけで…。先日受講した「取消処分者講習」で路上練習を10分×2回させてもらっていたのが大きかったです。講習のときはそれこそボロカスに言われるわけですが、それが役に立ちました。こういうところ千葉県の公安委員会は良心的だと思いますよ。

この技能試験、持ち点100からスタートして減点方式で70点切った時点でアウトです。その場で終了するらしい。事実僕の前の前の人は出発してほどなく終了して戻ってきました。これは怖い!

まずは出発。たとえばドアを閉めるときは直前で一旦とめてから一気に閉める。バックミラーはシートを合わせた後に左手だけで行う、などなど。バックミラーで後方確認した後右ウインカーを出し、右後方を大げさに目視してさぁ出発です。もちろんMTなのでふかしすぎないように注意しながら(こういうところ車のクラッチはとても軽いから緊張する)。

キープレフト!、カーブ前はブレーキ!、巻き込み確認!と意識しながら慎重にコースを進みます。指示器を出すときは絶対的にまずミラーで後方確認、ウインカーを出したらしばらくそのまま、その後目視確認してハンドル操作…。坂道発進や踏切をクリアしてS字に辿り着きました。

このS字、意外と狭い!取消処分者講習のときは大型の試験で使う若干広めのS字でした(なんで本番のS字を通らせてくれなかったんだよぉ)。でもまぁ僕だって10年弱運転してたんだから楽勝です。

と余裕に思った矢先、S字を抜けてすぐにある「見通しの悪い交差点」を見落としそうになり思わず急ブレーキをしてしまいました。うわー、横で試験官が鉛筆を動かしている~(これがすごく気になる)。おもわず「すみません!」って言ってしまいましたが、なんとか試験停止にならず助かりました。急ブレーキでは減点されたけど交差点の注意に関してはギリギリセーフだったみたいです。慎重に左右を確認しながら交差点を通過しました。

一度失敗するとそれが頭に残ってしまい緊張度が増してしまいます。次に僕は致命的なミスをしてしまいました。こともあろうにクランクで左後輪を脱輪してしまったのです!我ながら信じられないミス!正直「終わった…」と思いましたが、すぐさま「バックします」と言って、慎重に後方確認した後バックして持ち直しました。そして通過。試験中止と言われなかったのですが「きっと初回だからサービスで最後まで走らせてくれるのかな」と思いました。

事実、試験官はその後一切筆を動かしませんでした。僕は内心「あーあ、やっぱりなぁ。仕方ないから練習と思って最後まで頑張ろうっと。あーあ…」と思ってました。

さらに最後に車を停止後、僕が試験官に「エンジンは止めたほうが良いでしょうか?」って質問すると、試験官に「これは試験だろう!質問してよいわけないだろう!」って怒られてしまいました。あぁ、もうだめだ。ちなみにエンジンは切るのが正解です。

ギアをバックに入れ、後方確認して車を降り、試験官の話を聞きます。落ちてたらワンポイントアドバイスをもらい、次回の試験で必要な書類をもらって終了、帰って良し。受かってたら「しばらくお待ちください」、はたして…。

試験官:うーん、自分でも気づきましたよね「見通しの悪い交差点」。
ぼく :はい…。
試験官:あんな急ブレーキ、路上でやったら追突されちゃうよ。
ぼく :はい…。(ん、路上!?)
試験官:路上ではあんなことがないように注意してください。
ぼく :はい。(ろ、路上!?)
試験官:今日はとりあえず合格にしときますから、次路上、頑張ってください。
ぼく :…は、はい!ありがとうございます!!!(わーい)
試験官:それでは待合室でしばらく待っていてください。
ぼく :ありがとうございました!

やったぜ!って感じです。こっそり覗き見た僕の点数は75点でした。あと5点分はミスできたようです。でもこれって「わき見」や「ふらつき」をとられたら即終了だった点数です。クランクのとこであきらめずに、バックして慎重にやり直してよかった!!

そして仮免許を発行してもらって終了。8時30分から始まって終了が16時でした。

ちなみに技能の方はなんと仮免学科を受かった人の内MTの3人が全員合格!すごい合格率です。ひょっとして試験官が甘かったのかな?でもみんなちゃんと運転してたもんね。

これで誰かに同乗してもらえば仮免の練習ができます!

僕の場合、取消しの欠格期間が明けるのが3月17日なので、できればその日に本免許の学科と技能の試験を受けようと考えてます。というかこんなに早く仮免受かるとは思ってなかったので…。

帰りにダイハツのディーラーに寄って、さっそく僕のニューカーの見積もりをしてもらいました (^_^;)。なじみの営業さんはいなかったのですが、代理の人に見積もりをしてもらい、リアルに検討してきました。ハンコも必要書類(免許書がないと身分証明が面倒なんですよ)も無かったのでさすがに即契約とはいきませんでしたが、たぶんもうすぐ契約します。僕が欲しいあの車は納期が2ヶ月なので、今のうちに契約しないと3月末に納車できないんですよ。昔は半年待たされましたがね。その後顔見知りのサービスの人に自宅まで車で送ってもらいました。車だと5分ほどの距離なんです(ちゃっかり)。

と、言うわけで次は3月17日以降です。本免許の方の技能試験は仮免よりは易しいそうなので、こちらも一発で合格できるよう頑張ります。

以上、仮免試験体験談?でした。

2005年2月2日水曜日

新年あけまして…って

年賀状2005いまさらながら今年の年賀状です。

またすっかり投稿してませんでした、このBlog。
気づいたらもう2月ですね。

��月15日のこととか書こうと思ってたのに。

La管くん(という言い方はだいぶ古い)のとこも長いこと行ってないし。

実は明日、自動車の仮免許試験を受けにいきます。
この辺の経緯は頑張って書いていこう!って思ってます。
後学の人(いないだろうけど)のためにもなるし。
年賀状1993

ちなみに左は僕の12年前の年賀状です。