2005年3月30日水曜日

RSSプラグイン追加・気づいたこと

引き続き模様替え中。

左サイドに並んでいる「プラグイン」の設定を変更しました。

RSSという、各Blogサイトを"要約"した情報を取り込んで、各サイトの最新記事を表示するプラグインを追加。勝手に3つのBlogを登録させてもらいました。

で、気づいたんですがその3つのBlogを書いている人たちの名前。みんな苗字が「イ」から始まってます!

ただそれだけなんですが…。
ちなみにみんな僕の後輩です。

過去文書「頑張れ」

2001年8月16日の「カモノハシ日記」に記載

 ときどき「頑張れ」と声をかけるのは良くないことだ、と言う人がいますよね。それよりも「頑張らなくていいんだよ」と言うべきではないかと。震災の時によくこういう話が出ていましたね。もちろん時と場合にはよりますが僕はこの考え方は好きではありません。どうしても「頑張れ」と言って励ましたくなります。「頑張れ」と言おうが「頑張らなくていいんだよ」と言おうが、だいたいの場合それは無責任な響きを持つと言うことくらい僕は知ってるつもりです。

 これがコーチとしての立場と言うことになると話は変わってきます。「頑張れ」という言葉の持つ無責任な響きはそこにはありません。本当に頑張ってほしいから、頑張らせるためにそういう言葉をかけるのです。ほとんどの場合、選手はもうかなり十分に頑張ってるんだということは分かっています。それを知ってなお「もっと頑張れ」と言ってしまう場合が多いのではないでしょうか?それはもちろんその選手のさらなる成長を信じているから、思わず出てしまう言葉なわけです。あるいは僕の能力が足りてなかっただけかも知れませんが…。

 しかし先日、高等部の練習(三部連)を見ていて感じたのは、「さすがにこれでは『頑張れ』なんて言葉はかけられないな」ということです。もちろん僕がコーチだったなら、それを知ってなお「頑張れ」という風に言うことはあると思います。でもあくまで第三者的な目から高等部の練習を見た場合、僕にはもう「頑張れ」と言うことはできませんでした。(「頑張らなくていいよ」と言おうとは全く思いませんが。)

 本当に明らかに頑張ってる人に対して「頑張れ」ということは難しいことです。そんなことを言おうものなら「僕はすでに十分頑張ってる」と反論されそうです。もしくは「僕が頑張ってないように見えるんですか?」と。(あまりにリアルに想像できるから怖いなぁ(笑)。)僕としてはただ単に励ましてあげたいだけなのですが…。

 で、結局僕は何も口にできずにただ見ているだけしかできませんでした。「頑張れ」とも、「そんなに無理しなくていいよ」とも言う資格は僕にはもちろんなかったからです。じゃあ何と言って言葉をかければよかったのでしょうか?誰か教えてください。いいタイムが出た選手には「良かったね、おめでとう」という風に声をかけることができます。でもそうじゃない選手、あるいは限界を超えてしまって練習が不完全にならざるを得なかった選手に対しては何と声をかければ良かったのでしょうか?残念ながら今の僕にはそれに適した言葉を見つける能力が不足しています。僕はただ心の中で励ますことしかできません。何の意味もなく、誰に伝わるわけでもなく。ただ見ているということに何かの作用があることを信じて。

 今回のお盆休み中はけっこうたくさんの時間、高等部の練習を見ることができました。中学部から知ってる子、高等部から入ってきた子ともに本当に頑張っているように僕には見えました。中学部出身の人たちが今も元気に泳いでいるのを見るのは本当に嬉しいことです。練習を見てると彼らがどんなに多くのことを学んできたのか、どれだけたくさん成長したのかということがよく伝わってきます。

 中学部の水泳部は(僕の知る限り)、速く泳げるようになることが第一目標ではなく、水泳部を通じて「人間として大切なもの」を学んでもらうことを大事にしてきました。人間として立派に、そしてできることならば男らしいやさしさを身につけてくれたらいいなと思っていました。水泳のタイムに対する僕の中の関心度は、それほど高くなかったんです。

 とは言うものの、実際に夏場のハードな時期などは特に、目標のタイムをクリアするために頑張ってもらうという意味で、その「タイム」にはこだわることはよくありましたね。もちろんそれはクラブで学ぶべきもっとも大切なことの一つです。目標に向かって頑張る。その過程でみんながみんなを支え合うことの大切さを知ってほしいわけです。

 しかし、高等部はそうではありません。中学部のような生ぬるさは減って、よりハードな厳しさがそこにはあるはずです。

 …とにかく僕が言いたいのは、そんな厳しさの中であんなにも頑張ってる彼らを見ることができたのは、とても嬉しかったと言うことです!


2005年3月29日火曜日

2005年3月28日月曜日

さっそく筑波サーキットを試走!

さっそく筑波サーキットに持ち込んで走らせました。

レーシングスーツとヘルメットも用意しました。

しかもプロのカメラマンに撮影してもらう機会をもらえたので、そのときの様子を少し(10秒ほど)だけ公開します。

http://www2.tomato.ne.jp/~kuro14/2005data/cctukuba.wmv

なんちゃって

2005年3月27日日曜日

コペン復活!

04a94cb6.jpgついにこの時がやってきました。

2004年2月9日のあの瞬間(についてはそのうち書きます)以来、実に1年以上ぶりにコペンに乗りました。僕の新しいコペンに!

はやく免許とらないと!
今日はイナガキ君を横に乗せて「仮免許練習中」で寮まで乗ってきました。

詳しい仕様等はそのうちアップします。

あー早く思いっきり乗りたい!!

2005年3月24日木曜日

熊本でのお仕事

e4db3f00.jpg今週はずっと熊本でのお仕事です。

今日はサーバラックの設置が完了しました。と、いってもサーバ設置作業はIBMさんのCE(エンジニア)の仕事なので、僕は特に何もしてないのですが。我々はその間別の打合せをしてました。

でも、ラックが出来上がるとなんか壮観ですよね。すべてが出来上がったような気分になります。ホントはこの後テストフェーズがあるんですけどね。

そんな本日でした。

2005年3月20日日曜日

過去文書「許容範囲内の悪」

5d8ef3eb.jpg1999年12月12日「カモノハシ通信」に掲載

僕が水泳部のコーチとして中学生を指導するときに心がけていたことに、僕自身が強固な「枠(わく)」になろうということがあった。(前にも書いたことがある。成功してたかどうかはともかく。)これは彼ら中学生を「枠にはめよう」としていたということではない。子供が大人に成長するためには一度そういう枠(それは主に常識と呼ばれるものである)を与えてあげて、そこにぶつかることによって自分と社会との関係やバランス感覚、そして自分というものの認識をすることが必要だと思うからである。思春期の少年にとって、常識や社会通念(それらは主に大人によってつくられているものである)がたまらなく鬱陶しくなる時期がある。俗に言う反抗期。でもこれは社会と自分との関係を知る上で非常に重要な通過儀礼である。だからそこには彼らがぶつかっていけるだけの強固な確固とした「枠」が必要なのだ。しかし問題は世間一般を見渡したとき、その「枠」が以前ほど強固でなくなってきていると言うことである。

原因はいろいろあると思うが、一つには「ゆとりの教育」などと言ってはねじ曲がった意味での「自由」を子供達に認めすぎているということがある。ごく最近になってようやく「ゆとりの教育」に対する批判がかなり大きなムーブメントになってきたが、それはもはや手遅れであると言ってもいいだろう。「ゆとりの教育」とは言い換えれば「枠」を取っ払って「個性」とか「自由」を尊重しようと言う考え方のことである。これは完全に間違いだ。成長というものはぶつかるものがあって、つまり試練があってはじめて顕れるものである。すもうのぶつかり稽古のように、あるいは稲を育てる際に一度完全に水を抜いて根を成長させるのと同じように、一度厳しいところを通過させないことにはそこには実のあるものは何も生まれない。

さてここからが本題。僕が言いたいことに入っていくのだが、「枠」があってはじめて生まれる非常に大事な概念がある。それは「許容範囲内の悪」である。人は皆誰でも少年時代を通じてこの「許容範囲内の悪」を学びながら成長しているのではあるまいか?どんな人間だって「私は一切悪いことをしたことがない」なんて言える人はいないだろう。特に少年時代、親の目を盗んではなにか悪さをしてみたり、先生の目を盗んでは授業中に友達と遊んだりと、そういうことは誰しも経験があることだろう。だけどナイフで人を刺したりしたことがある人はそうはいまい。つまり「許容範囲内の悪」という概念がちゃんとあったということだ。そして「許容範囲内の悪」という概念を形成するために必要なのが、「枠」であることは言うまでもない。簡単に言うと

きちんとしかれる親があって、子は「許容範囲内の悪」を覚える

のだ。もちろん親はある場合では先生であり、ある場合ではコーチである。

ここで誤解してほしくないのだけれど「許容範囲内の悪」というのはやっぱり悪なのである。だけど少年は悪いこととわかっていながらそれを行うのだ。ここに重要な意味がある。だからできるだけ親や先生に見つからないようにしようとする。なぜなら見つかると怒られることがわかっているからである。「許容範囲内の悪」の概念に「枠」が必要だというのはそういう文脈においてである。

「ナイフを持たさないのではなくて、ナイフを持っていても大丈夫な子に育てる」ことが今の日本には欠けていると思う。これはつまり大人の側が、子供が正面からぶつかってきても受け止められるだけの強固な「枠」を持たずに、うまい具合に逃げようとしているということである。話が抽象的すぎて申し訳ないが僕が言いたいのは、そういう「弱い」大人が「許容範囲内の悪」のぼやけてしまった子供をつくりだしてるのではないかということだ。

さきほどの例で言うと「ナイフを持たさない」ということは「許容範囲内の悪」を認めないと言うことである。(ナイフを持つだけならそれは許容範囲内であり、それを使うとなると許容範囲外になる、ということ。)逆に言うと「許容範囲内の悪」という概念が弱くなってきているから「ナイフを持たさない」方向にいっているのだと思う。しかしそれが今の文部省や社会、マスコミが「善し」としている方向だ。僕はそこに大きな危機感を感じる。

以上のような理屈で言うと「ナイフを持たさない」方向と「枠をとっぱらうこと(=ゆとりの教育)」の方向性は実は同じである。

早いうちに「強固な枠」を再建しないことには事態はとんでもない方向へ行ってしまうと思う。いや、もはや「強固な枠」をつくるだけのパワーは日本にはないのかも知れない。

・・・・・・

下のオウムに関する文章でも書いたが、社会から「悪」を排除しようとする方向性は僕は間違っていると思う。「悪」を排除できるわけがないのだ。それを社会の中でどうにかうまく処理していかないことには健全な社会は生まれない。

これは例えば地域住民によるオウムの立ち退き運動で、「オウムをそこから立ち退かせることで問題の解決になるのか」ということと似ているが、僕が言いたいのはもっと深いことだ。オウムを気味の悪い笑い話のように「あっち側の問題」として考えるのではなくて、それを「こちら側」の問題としてとらえられるだけの強い価値観が今の日本にはあるのだろうか?「悪」を排除しようという動きは、それを包括できるだけの強い「枠」を持たない今の日本の現状を顕著に表していると思う。

誤解を恐れずに言うなら、オウムに対して異常な怒りをしめす「こちら側」の魂の闇の部分と、いわゆる「あちら側」の魂の闇の部分は、繋がっていると思うのだ。だからこそある人々はきつく目をつぶり、またある人々はそれを排除すべく異常なまでの怒りにかられるのだ。本当は「こちら側」の問題として自らしっかりと考えないといけない問題なのだ。

・・・・・・

今の日本が向かっている方向が僕はどうしても気に入らない。

それにしても抽象的な文章だなぁ。何の説得力もないや。

2005年3月18日金曜日

過去文書「『週間ベースボール』のプライド」

77052bf9.jpg1999年5月20日に「カモノハシ通信」に掲載

駅の売店で「週間ベースボール」という雑誌が売っています。僕は高等部生の頃ほぼ毎週この雑誌を買っていました。僕はプロ野球が好きなのです。で、この雑誌にまつわる思い出話を1つ。

「水泳部の人間は球技が下手くそ」という通説があります。もちろんそうじゃない水泳部員もいますが、だいたいにおいてこの通説は言えていると思います。少なくとも僕は球技がすごく下手くそです。

だけど僕は下手くそなくせに球技が好きです。見るのもやるのも。だから体育の授業でバレーとかバスケとかサッカーがあるといつも張り切ってやるんですが、すごい下手くそなので変に目立ってしまいます。でも思い切ってプレーをしていると時々はすごくうまくいくことがあって、そういうのが好きだったんです。ただサッカーは冬の水泳部でよくやっていたので、そんなには下手ではなかった・・・かも知れません。

もちろんソフトボールにおいても同じです。特に僕はプロ野球が好きだったので、体育の授業がソフトボールだとすごく嬉しかったんです。で、勝手にはしゃいで「4番ファースト石井っ!」とかって言って勝手に4番を打ったりして。でも実際はすごく下手くそなのでまわりからは失笑されちゃいます。中学部の時のことですごくよく覚えてるんですが、僕がバッターボックスに入ると、相手のピッチャー(当時のタッチ部)が「クロタキはパワーあるから外野下がれよ!」って言ったんです。これはなんというか嬉しい経験でした(僕が下手くそということがまだバレてなかったみたい)。けど実際はそんなに上手く打てるわけがありません。「カッコ」だけでした。

そして事件(というほどのことはないけど)は高校2年生の時おきました。たしかそれは木曜日、そう「週間ベースボール」の発売日です。僕は朝、駅の売店でそれを買って学校に行き、休み時間に熱心に読んでいました。たぶんそういう僕を見ていたんでしょう。その日の午後の体育の授業はソフトボール。僕はまたはしゃいで「6番!サード金村!」とかって言ってバッターボックスに立ちました。すると後ろにいたアメリカン(アメフト部)のやつらが「おい『週間ベースボール』打てよぉ!」「『週間ベースボール』読んでんやろ!」って言ってきたんです。僕が下手くそだってことを知ってるんです。これには僕もなんかカチンときました。くっそーって思って僕は無我夢中でバットを思いっきり振り抜きました。

カキーン!

レフトオーバーの大飛球!僕は体育の授業だというのに全力で走ってホームに帰ってきました。ホームラン!もう最高です。僕のことを「週間ベースボール」って言ってたアメリカンのやつらも唖然としてます。やったぜい!この時はもう本当に気分爽快でした。

僕は(ご存じの通り)よくバッティングセンターに行きます。なかなかうまくは打てないけれど、時々でる最高の当たりを求めて、僕はまた1000円札を使ってしまいます。また誰か一緒に行こうぜい!


��現在の自分からのコメント>
最近バッティングセンター行ってないなぁ…
写真は2000年8月19日の水泳部です。打ってるのはヒライ君で、投げてるのはナカヤマ君。

本免許試験その5

路上試験不合格…。

甘く見ていた僕が悪かったです。正直「楽勝だ」と思っていました。そんな油断が生んだミスでした…。

路上から場内に入る手前にある交差点の信号。黄色でした。僕は「十分通過できる」「ここでブレーキ踏むと逆に悪印象かな」なんて思ってスムーズに通過しました。これがまずかった。

場内に入るとすぐに「じゃあ2番ゲートに戻ってください」「…!(なにぃ!)」。本来は場内で方向変換もしくは縦列駐車のいずれかが課題として残されています。戻ってといわれればそれは不合格ということです。ミスはほとんどなかったはずなのに…。

不合格者は最後に「ワンポイント・アドバイス」をもらいます。

「黄色信号の意味しってる?」
「…停止線で安全に止まれない場合はそのまま進行して、止まれる場合は止まる、です」
「止まれませんでしたか?」
「…止まれた…と思います(くっそー)」
「あのタイミングなら十分止まれました。信号無視ということで、残念ですが今回は試験中止です」
「…はい」

あーあ、確かにそうだよなぁ。「通過できる」ではなくて「止まれるかどうか」がより重要でした。確かに強めにブレーキすれば十分止まれました。冷静に考えれば「信号無視」を取られれば減点どうこう関係ナシに試験中止は避けられません。逆に後続車さえいなければ少々急に止まっても(たぶん)減点ですみます。僕が愚かでした。

「基本はできてるし、しっかり勉強もしているみたいだから、あなただったらすぐに合格できますよ。今回みたいな大きなミスはしないように」
「…はい、ありがとうございました」

次回以降技能試験は予約制です。このシーズン、予想以上の込み具合でなんと次回は4月7日!3週間後かよ~…脱力。

まぁ仕方ない。世の中そんなに甘くはないですよね。でも仮免1回で合格した人で、本免落ちる人ってそんなにいないんだろうなぁ。あーあ。

次回頑張ります。

2005年3月17日木曜日

本免許試験その4

4ECsh0065.jpg試験コース決定!

いよいよ

本免許試験その3

4EBsh0064.jpg午後からはいよいよ技能試験です。

そもそも何年間も普通に運転していたのですから技術には何の問題もないはずです。

ミスしないように頑張ります。

本免許試験その2

4EAsh0063.jpg学科は合格。

これから適性検査。

本免許試験その1

4E8sh0062.jpg今日は本免許の試験です。はたして…。

先ほど学科試験が終了し、現在発表待ちです。

まず大丈夫なはずだけど、やっぱり不安ですφ(.. )

2005年3月16日水曜日

なぞの列車

3MFsh0060.jpg乗り過ごしてしまい降りた駅の時刻表にあった貼り紙

2005年3月14日月曜日

過去文書「リッチ」

1999年2月10日「一人語り」に掲載

 今日は久しぶりに電車に乗って学校に来たんですが、駅のホームの自動販売機を見てあることを思い出しました。電車を使うと一人語りのネタがたくさんでてきます。

 最近僕が自動販売機で買う飲み物といえば缶コーヒーかコーラです。コーラは置いておいて缶コーヒーについてですが、普通は190g入りの小さいのを買います。ちなみに僕の今のお気に入りは初代ボスです。甘みが適当にあって後味も悪くない。まぁでも缶コーヒーの銘柄の話は、しだすときりがないのでここではやめときます。

 でも、よく考えたらこの小さいカンカン。僕が中学生の頃はこれを買ったらすごく「リッチ」でした。中学生の頃と言えば、飲み物なんてとにかく量でしたよね。のどが渇いた=たくさん飲みたい=350のカンカンというのが普通の考え方でした。間違っても190の小さいカンカンの飲み物なんて買いませんでした。あ、そういえば初代ハチミツレモンはこの小さいカンカンでしたね。でも、とにかく小さいのは買いません、普通は。

 あれは冬の寒い日だったと思います。場所は西宮北口の宝塚線ホーム。当時はまだコンビニなんてもちろんなかったんですが、あの売店のよこっちょの空間にあった自動販売機。あそこで190の缶コーヒーを買ったことをなぜか良く覚えています。なんで190を買ったのかは覚えていませんが、190を買った自分がなんかすごくリッチに思えて。「おれってリッチやろー」みたいなことを友達(たぶん山崎)に言ったことがありました。

 そうなんですよね、あの頃は「190の缶コーヒー」それだけで気分はリッチになれたんです。平和な時代でした。

 考えてみれば、そういう「190の缶コーヒー」的なものはたくさんあるような気がします。今でこそ浜学園でアルバイトをして自由に使える自分のお金がたくさんあるから、何でも気軽に買ってしまうのですが、昔は全然そうじゃなかったもの。シャーペン1本にしてもそうです。今なんか、「あ、忘れた、ほな買お」ってすぐに思ってしまいます。中学部の頃はよく人からシャーペンを借りたりなんやよくしてたのに。それとか雑誌。昔はジャンプはもとより、僕の場合は「週間ベースボール」や「ナンバー」を買おうと思ったら、それこそチマチマ小銭を貯めて、やっとこさ買えてました。

 ときどき「週間ベースボール」を買うお金がなくて売店の前で何回も何回も財布の中を覗いたりしてたこともありました。何度見ても無い物は無いのですが・・・それでもね、この気持ちわかるでしょ。ところが今では、雑誌なんて気が向いたときにいつでも買えちゃいます。

 中学生のころより、現実的にはそりゃもちろんリッチになりました。でも、自分の気持ち的にあのころのようなリッチな気分を味わうことは少なくなってしまいました。現実的にリッチになったからって(といってもたかが知れてますが)、心がリッチになるわけじゃないですからね。 これを機に、お金について少し考えてみたいと思いました。 中学生の頃の僕は、気持ち的にすごくリッチだったように思う。


教習所その3

今日は一日「特定講習」というのを受講しに、神奈川の二俣川というところにある非公認自動車教習所に行っていました。あーつかれた。

運転免許を取得するには大きくわけて3つの方法があります。最もポピュラーなのは公認の自動車教習所に行く方法です。普通に学科の授業をうけて、教習所内の試験をパスしていけば、最後に試験場の学科に合格するだけで免許がもらえます。19歳のときの僕はこのやり方でした。

次に今回の僕のように試験場の試験4つに合格することで免許を取得する、通称「一発試験」というやり方があります。試験場で実施されている仮免学科試験・仮免実技試験・本免学科試験(これは教習所生も受けます)・本免実技試験のすべてに順に合格さえすれば、教習所に通う必要なく免許がもらえます。ただしすべての試験に合格後に別途「取得時講習」というのを(これだけは公認教習所に行って)受けなければなりません。試験にスパッと受かりさえすれば、最も安い費用で免許が取得できます。

��つ目の方法が非公認教習所の利用です。普通の教習所と同じようにカリキュラムにしたがって技術練習を受けることができます。ただし非公認ですので結局は「一発試験」同様に試験場での4つの試験に合格しなければ免許はもらえません。でも運転が上手ならばかなり安い費用で免許を取得できます。また非公認教習所にも個人講師がやっている場合と、公安委員会から特別認定をうけている場合の2種類があります。後者だと「取得時講習」を実施してくれるので、その非公認教習所に入校して事前に「取得時講習」を受けていれば、「一発試験」と違い合格後すぐに免許がもらえます。

で、今回僕は「一発試験」で免許取得を目論んでいます。でもそれだと通常は本免試験合格後に「取得時講習」(これがなんと2日間もかかる、それも平日)を受ける必要があります。どうにかならないものか・・・。そして見つけたのが今回の「特定講習」受講という方法です。

つまり仮免合格後、本免試験合格前に一時的に非公認教習所に入校して事前に「取得時講習」のみを受講する、という方法です。この場合の講習を「特定講習」と言うそうです。通常の「取得時講習」と違い、講習代が任意であったり(「取得時講習」は全国一律13,400円)、別途入校金が必要だったりと、お金はかかりますが、効率的に免許を取得できます。

しかも今日行った二俣川自動車学校ではこの講習を1日で受講することが出来ます。しかも土日もやってる!いろいろ探しましたが、土曜日や日曜日の1日だけですべてを受講できる教習所はここだけでした。

あとは3月17日に本免学科試験および本免実技試験に合格すればその場で免許がもらえます。おそらくこの方法が最短の免許取得方法です。さぁどうなるかな…。

それにしても今日はつかれた。8:30~18:00まであったんだから!

教習所その2

3MBsh0058.jpg高速教習が終わり後は危険予測というやつだけです。それにしても眠い。

高速道路を運転したのは一年ぶりで結構緊張してしまいました。なんか情けない。


2005年3月13日日曜日

教習所その1

3MEsh0059.jpg今日は朝から教習所で特定教習なるものを受けてます。簡単に言うと本免許試験合格後すぐに免許を受け取るためのものです。

今は応急救護の時間中。

9年前にもやったけど。

仕事中

3M8sh0057.jpg大量格納のテスト中!


っていきなり言ってもわかるわけないですよね。


そんなわけで仕事中です。



2005年3月9日水曜日

思わぬ影響

最近帰りが遅い。仕事が忙しいんです。家に帰ると0時を過ぎてます。もっと効率的に仕事しないといけないと思う。要は能力が足りないんだよな…。あーつかれた。

 

うちの同居人たちもその影響を受けています。同居人とはもちろん2匹のフグと2匹のカクレクマノミです。

 

彼ら用の食事(エサ)は2種類あります。より好ましいのは冷凍のエビ・プランクトンもしくはアカムシ。彼らの好物です。でもこれを与えるためには一度レンジでチンするという手間がかかります。これに対してもう一種類は簡易な乾燥エサです。これは適量を水槽に入れるだけでOKです。

 

そうそう、レンジでチンする方だとその後皿を洗うという手間もかかります。普段だと何てことないのですが、こう忙しいとそのひと手間でさえ面倒に思えてきます。とても。

 

そんなせいで最近はもっぱら乾燥エサばっかりです。ごめんよ。


2005年3月7日月曜日

おなかが空く小説

海辺のカフカ今日(っていうか昨日)はお昼から会社で仕事をしていました。なかなか仕事が終わらなくて、気づいたら夜10時。朝からカロリーメイトしか食べてなかったのでおなかが空きました。

 

せっかくの日曜日だし普段と違うものが食べたかったのですが、帰る頃にはもうお店がしまっていました。結局何も食べず電車に乗りました。

 

先日、村上春樹の『海辺のカフカ』文庫版が出ました。村上春樹の小説にはいろんな料理が出てきます。読んでいると本当におなかが空くこともしばしばです。特に今日はそうでした。

 

『海辺のカフカ』のはじめの方なんですが、今思い出せるだけでも「さぬきうどん」「ウナギ」「トースト」とか。「ウナギはナカタの好物であります」、というのはナカタさんと猫のオオツカさんとの会話ですね。

 

そうこうしているうちに本当におなかが空いて、やばくなってきました。幕張本郷の駅を出てすぐにあるコンビニエンスストアで肉まんを買って食べました。ちなみに僕は本当におなかが空くと、足がふるえてきて、最後には動けなくなってしまうのです。

 

ちなみに村上春樹さんの小説を読んでいておなかを空かせる人は結構いるようで、『村上レシピ』という村上本にでてくる料理のみを扱ったレシピ本まで出版されています。そういえば僕はかつて『ダンス・ダンス・ダンス』のピラコラーダが飲みたくてハワイに行ったりしたこともあります。他にさぬきうどんの件もありましたね。うーん、他にもあるかも。


2005年3月5日土曜日

地下鉄にのって

YZQsh0056.jpg都営地下鉄三田駅にて


地下鉄にのってスキー行く人はそんなにはおらんやろう、と思いました。


では。



クルマ回想<その6 ランサー・エボリューションⅤ>

09a59c56.jpg
前回、馬力があってスピードが出るだけではスポーツカーとは言わないと書きました。しかし、馬力があってスピードが出るスポーツカーは現に存在します。それがまさにこのクルマです。いや、マシンと言った方がよいかもしれませんね。

 

後輩のイナガキ君のマシン、それがこのランサー・エボリューションⅤ(よく省略してランエボと言います)です。すごく速いです。直線だけではありません。ものすごいスピードでコーナーをクリアしていきます。とは言ってもボディがしっかりしているため、マシンに対する安心感はあります。が、一般的感覚からするとまずほとんどの人が「怖い」と思うのではないでしょうか。

 

このクルマについては、イナガキ君が最近始めたブログをごらんください。


 

このクルマ、なんと410馬力あります(先週日曜日にパワーを計測しています)!!言うまでもないことですが、いわゆる「チューンド・カー」です。速く走るための改造が施されています。サスペンションはもちろん、ボディの補強もすんごくて室内にはロールケージが張り巡らされています。後席は取り外していて、ありません。そして最たるはそのエンジン。有名ショップに入荷された、ものすごい仕様のチューンド・エンジンを載せています。もはや行き着くところまで行ったように、僕の目にはうつります。ちなみにエアコンや内装は残しています(一応街乗りがメインなので)。

 

彼のチューニングにかける情熱、その意図については彼のブログにおいおい書かれることでしょう。ただ言えることは、全てが「速くなる」ために行われているということ。そこがチャラチャラしたチューニング・カーとは違うところです。

 

そんな彼&彼のマシンに影響されたのか、僕もそっちの世界にだいぶ興味を持つようになりました。実際コペンにも給排気チューンを施しました。要はエアークリーナ(空気の入り口)とマフラー(空気の出口)ですね。いわゆる定番というやつです。

 

お金をかけて車を速くすることにどれだけの意味があるのか。と言う人は多いかも知れません。でも車を速くするには、まず前提として人間の能力を上げなければいけません。能力を向上させることは、誰しもが目指すことです。そして能力が上がれば、より良い道具がほしくなります。楽器を習うのとあまり変わりません。また何事も真剣にやれば、得られるものも大きいはずです。

 

そんなわけで明日、この車で筑波サーキットを走ります。他のサーキットでは走らせたことがあるそうですが、筑波は初めてです。チューンド・カーにとって筑波はいわばメッカです。いったいどんなタイムが出るのか楽しみです。


2005年3月1日火曜日

クルマ回想<その5 コペン>

8503ed71.jpg2002年の夏、僕は車を買おうと決めました。候補は2つ。マツダ・ロードスター(中古)、もしくはダイハツ・コペン。どちらもいわゆるオープン2シーターです。

ロードスターには中学生の頃から憧れていました。水泳部のコーチだった人が乗っていたからです。コペンという車が出るまではずっと「僕の最初の車はロードスター以外ありえない!」と思っていました。しかし!コペンという車が世に出てしまいました。

結果的に僕はコペンを買うわけですが、理由はだいたい以下のとおりです。

・オープンカーだから
・さらに電動オープンだから
・小さくてカッコイイから
・ちゃんとスポーツカーだから
・軽自動車で維持費が安いから

なぜロードスターじゃないかというと、やはりデザインと電動オープンというところが大きかったかな。当時イナガキ君とどっちにしようか話をしていて「どっちがよりレアかと言えば、それはコペンですよね」と言われたこともあり、またコペンの持つ独特の存在感に押され、結局僕はコペンを選びました。

ロードスターへの憧れは消えることなく、常に残ってはいるのですが…。(いまでもいつか新車でほしいと思ってる。)

この車、本当に良い車です。運転する楽しさ、と言ってもわからない人にはわからないかも知れませんが、楽しさがあるんです。たとえば家のミニバン(イプサム)を運転すると、初めは楽しくてもすぐに運転に飽きてしまいます。グッタリしてきます、心も体も。でもコペンの場合、運転に飽きることはありません。どこまでいってもシャキッとしてます、心も体も。あくまで感覚的なものなので、文章で説明するのはとても難しいですが…。でもひとつの証拠として、僕はこの車に乗っている間、居眠りしそうになったことは一度もありませんでした。(家の車を運転してるときは結構ウトウトしてました ^_^;;)

以前にもHPの文章で書いたことがありますが、オープンカーの良いところは町の匂いを感じるところです。もちろん、場面としては「クサイ!」の方が圧倒的に多いわけですが、たまにパン工場の前を通ったり、お菓子工場の前を通ったりしたときには、幸せを感じることができます。また何と言っても爽快です。冬の夜の首都高速をオープンにして走ってると魂が解き放たれる感じがします。

スポーツカーというと何百馬力で最高速度がすごくてというイメージがまだまだあるようです。でもそうじゃないんですよね。すんごいスピードがでてパワーのあるベンツとか、セルシオとかって決してスポーツカーとは言わないですよね。コペンは64馬力(軽自動車の自主規制枠)しかないし、スピードだってリミッターがあるから140キロまでしか出せません。だけどれっきとしたスポーツカーです。乗ればわかります。要はフットワーク・運動性能の問題です。意図したとおりに機敏に動く車、気持ちよくコーナーを走れる車、そういうのがスポーツカーだと思います。

コペンは本当に良い車でした。最後は僕の命を救ってくれたと言っても過言ではありません。(この話はまた近々)