2006年12月24日日曜日

お祈り

えーと、母校の話なので興味ない人はすみません。いつものことですが・・

先日、イマニシ君から借りた「世の光、地の塩―私学人尾崎八郎物語」を読みました、一気に。

本の内容を知りたい人はAmazonとかで見てみてください。僕の母校である関西学院中学部の魂に触れることができる1冊です。ちなみに尾崎先生は僕の中では「副部長」のイメージ。とにかく怖かったけど、何かで誉めてもらったときにはそのこと自体よりも「僕はこの人から認められたんだ」という喜びがありました。

生徒を見捨てない、なんてことは先生として当たり前です。真に素晴らしい先生というのは、生徒から「この人から見捨てられたくない」と思われるだけの人間力を持った人のことだと思います。まさに本の中で尾崎先生が矢内先生に対して思っていたことと同じですね。

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この本のエピローグに感動する人は多いと思います。僕も感動しました。キャンプファイヤーで決意表明をする話。これは啓明学園での話でしたが、中学部でも同じことをやってました。

そして僕がここで語りたいのは、僕が大学生リーダーとして参加した千刈キャンプでのキャンドルライトサービスの話。以前にもカモノハシ通信で書いたことがあります。むしろ僕自身が忘れたくないからこうして書き記しておくわけです。

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新入生を迎える千刈キャンプ。2日間にわたるメチャビーで身心を鍛えられた後、最後の夜に行われる行事がキャンドルライトサービスです。千刈キャンプ場の食堂で全員で行う夜の礼拝。最初に暗い中で歌わないといけないからと、賛美歌を事前に覚えさせられたのを覚えている人は多いんじゃないでしょうか(ひーくれてー、よもーはくーらくー、わーがたまーはー、いとさびし…)。

全員のキャンドルが灯った後は川崎先生の講話があり、祈りがあり、そして「決意表明」の時間です。各自が自由に、自らの決意を表明します。ただし全員が行うわけではなく任意。発表したい人が自発的にスッと立ち上がり全員の前で決意を発表します。全体に与えられた時間は、キャンドルの灯が消えるまでです。

勇気ある生徒が最初に立ち上がり、拙いながらも自分の言葉で決意を語ります。そして間隔をあけながら、比較的勇気に恵まれた子供達が次々に発表していきます。多いのは「このキャンプで学んだことを生かして立派なKGボーイになります」ていうので、他には「リーダーみたいな人になりたい」と言ってくれる子も結構います。12歳の子供の決意表明の中身なんてそんなもんですよね。

僕は思うのですが決意の内容よりも、自ら立ち上がって発表するという行為そのものが(あるいは自ら立ち上がれなかったという経験そのものが)何よりも大事なことなのではないかと。実は僕自身中学時代、自分が立ち上がって発表したのかどうかは覚えてません(ということはたぶん発表したのだと思います)、けれど、そのときのその経験が今の僕の価値観や正義感や道徳観や行動倫理や・・・・ようは生き方になんらかの影響を与えていることは間違いないことです。(リーダーとして参加してみてそのことがよくわかりました。)

時間も中盤に差し掛かると「発表しようかどうしようか」というモジモジとした空気が流れ出します。完全無音の空間で200程のキャンドルの灯が揺れています。

実は僕は班付きのリーダーとして、自分の班の12名には事前に「とても良い経験になるから、みんな勇気をだして発表してみよう」と話していました。「決して強制はしない」としながらも、食事後12名で集まって「みんなが勇気を出せますように」ってお祈りしたりとかして。

僕はクリスチャンではありません。ですが誰かのためにする「お祈り」が好きです。リーダーの時もことあるごとに班のメンバーで「お祈り」をしていました。僕の言葉や、時には生徒の言葉で班のメンバーのために祈るんです。「メチャビーではみんな怪我無くそして精一杯できますように」とかそんな感じでさくっと、でも真面目に。クリスチャンでもないのになぜそんなことをしてたのかは自分でもよくわかりません。きっと、そういうことが真面目にできる環境であり、そして年齢であったからだと思います。そして僕はそうやって真面目にお祈りをすることの効果を信じていました。

さて僕の班の生徒達も立ち上がって発表をします。意外と「この子は勇気なさそうだな」って思ってる子が早めに立ち上がったりして驚くことが多いです。ただやっぱりなかなか立ち上がるのが難しい生徒もいます。「がんばれ!」と僕は心の中で何度も励まします。でもあくまでその子の任意です。

キャンドルの丈がだんだん短くなってきます。僕の班は1人をのぞいて他全員が発表を済ませました。あと1人。もしその子が発表したいのに勇気がなくて立ち上がれないのなら、神様どうか勇気を与えてあげてください。ウソ偽り無くそんな気持ちです。終盤にもなるとまた発表と発表の間には微妙な間が空きます。「もしかしてもうすぐ終わりかも」そんな緊張感も漂ってきます。

そのとき彼は立ち上がりました。何を語ったのかは覚えてません。でも立ち上がったその勇気に僕は心から感動しました。「僕の班のメンバーは全員発表したんだもんね」てな下らない理屈抜きに、本当に感動しました。

人が人のために神様に祈ること。また、自分のために祈ってくれている人がいる、ということを知ること。そして我々は等しく神様から愛されている、ということを知ること。関西学院中学部のキリスト教主義教育の根幹だと僕は理解しています。

そして人のために祈るだけでなく、実際に強くなること。それが関西学院の建学の精神です。勇気を出し、時には泥にまみれ、自らの血を流し、そして成長し誰かのために力を尽くす。思えばあの千刈キャンプは関学生としての全てが凝縮された、偉大なる最初の一歩だったのではないかと。

僕はリーダーをやらせてもらって本当に良かったです。水泳部コーチ同様、リーダーの時の話もつきることがありません。できることならいつまでも忘れずに心にしまっておきたいものです。最近寒いですしね。

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