男の闘い(3)

��サーキットに住む魔物編>

カートの最高速度はおよそ60キロ。しかし体感速度はその倍にも達すると言われている。一瞬の判断ミスは即命取りになる。命をかけた男の闘いだ。

タイムアタックで苦渋をなめた公務員イマニシはある作戦を考えていた。

・・・今のワタシでは万に一つの勝ち目もないだろう。しかしこのままではクロタキが勝利してしまう。クロタキの勝利はワタシの望むことではない。いかにヤツの勝利を阻止するか、それが重要だ。

イマニシとクロタキは小学校6年生からの友(と書いてライバルと読む)である。進学塾「ハマ学園」の志望校別日曜特訓において初めて顔をあわせた彼らはそれ以来、互いのプライドをかけ「復習テスト」で火花を散らせていた。どちらがその日の「ベスト1」を取るのか、激しい争いが繰り広げられていた。

そして迎えた最後の「KG模試」。もはや志望校への合格は確実となった彼ら秀才2人にとっては事実上の最後の聖戦である。ここでイマニシはクロタキの後塵を拝す結果となってしまう。歯軋りをするイマニシを尻目に教室中を小躍りしてはしゃぎまわるクロタキ。このときイマニシは「二度とこいつには負けない。負けてはならない」と誓ったのだった。

中学入学後、同じ水泳部に入った2人だが、ここでは直接対決の場はなかった。イマニシは背泳ぎ、クロタキは平泳ぎを専門種目としたからだ。以降10年以上にわたりリベンジの機会をうかがっていたイマニシだが、なかなかそのチャンスはめぐってこなかった。そしてイマニシは努力の末、霞ヶ関に、クロタキはぬるま湯生活の末IT会社へと入り直接対決はもはや実現しないのではと思われていた。

そこにこのカート(と書いて"男の闘い"と読む)だ。タイムで負けたとしても勝負には勝たなければならない、イマニシはある作戦を実行する決意を固めた。

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予選は10周。タイムアタックの順位どおりにフォーメーションラップをこなし、グリッドにつく。ポールポジションはクロタキ、続いてイナガキ。この2台がフロントロー。3番手ミズガキ、4番手イマニシがセカンドローに続く。予選スタート。ポールポジションは第1コーナーに対しイン側ではあるが、スタート直後のスピードでは十分にまわれる。体重差もありアウトからイナガキ車にかぶせられる心配はまずない。順位どおりに1コーナーをクリアしていく4人。1周目は何事もなく終了した。

タイヤはまだ温まりきっていない。無理なアタックは即脱落を意味するこの予選。各車慎重なドライビングに徹し、その差はまだほとんど開いていない。しかし逆にタイヤが温まりきっていない今こそイナガキとの体重差を生かし大きく差をひろげらるチャンスではないかとクロタキは考えた。タイヤを横滑りさせながらコーナーをクリアする走らせ方は本来ベストの走り方とは言えないが、この4人の中ではクロタキが最も得意とするところだ。イッケーとばかりにアクセルを踏み込み第2コーナーでハード・ブレーキング!あばれる車体をカウンターステアで押さえ込む!が、しかし抑えきれずハーフスピン状態に陥り一気に車速はダウン!逆にイナガキにかわされてしまった。なんとかすぐに体勢を立て直すことができたクロタキはすぐにイナガキ車を追った。

・・・2コーナーには魔物がいる・・・。

クロタキはそう確信した。

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自動車メーカー勤務のミズガキは虎視眈々とチャンスをうかがっていた。

・・・前の2人は自分の運転技術を過信し、いつか自滅する。そう、オレにはそれが分かっている。オレがすべき仕事は安全で楽しいドライビング・プレジャーをお客様に提供する・・・いや実践することだ。自動車メーカー勤務者にとって交通事故はご法度、決して無理をしてはならない。

案の定前を走っていたクロタキが自滅し2位転落、自分の目前へと現れた。フフフ所詮オマエは平泳ぎ専門の男だ。今のオレにはかなうまい!

ミズガキは中学時代平泳ぎの選手だった。当時のチームにおける平泳ぎ陣は大混戦で3年生のクロタキ・カツモト・マツモト、2年生のイノウエ・コタニらに加え1年生でもミズガキの他ヒラガタ、マナベ、マツモトケイスケ、モリヤマらが控えており水泳部史上もっとも平泳ぎ選手が多い時代であった。そのため必死に練習しても試合に出場するのは難しい時代であった。

平泳ぎ選手の花形とも言えるメドレーリレーの選手として試合に出場するクロタキを見て「オレもいつかクロタキさんみたいにメドレーリレーで活躍する選手になってやる!」、ミズガキケイタ13歳の誓いであった。

しかし中学3年になったミズガキを待っていたのは過酷な現実であった。人一倍練習を頑張り、後輩の面倒を見る立派な水泳部員に成長していた彼であったが、同級生のヒラガタにどうしても勝てずにいた。ヒラガタの100m平泳ぎのタイムは実際かなりのものであり、ミズガキがそれに追いつく可能性は限りなくゼロに近かった。さらにその年のルーキーとして鳴り物入りで入部したシマカワダイの存在もあった。シマカワダイのタイムもミズガキの上を行っていたのだ。この年のチームは当時では歴代最強とも言われ、メドレーリレーにおいても県大会上位、さらに全国大会を狙えるほどの実力を誇っていた。しかしミズガキが脚光を浴びる事はついになかった。

しかしそれでも腐らず水泳を続けたミズガキは高等部に入りある決心をした。

・・・オレはフリーで勝負する!

彼は自由形に転向したのだ。もちろん自由形は平泳ぎ以上の選手人数ではあるが、その分競技種目も多い。彼は自分のカラを破るため、思い切って転向を決意したのだ。そして彼は見事に大成し自由形の選手として多くの伝説を打ち立てた。(一部フィクションです)

・・・自らを変えることを恐れてはいけない。「変わらなきゃ」とイチローも言っていたではないか。イチロ・ニッサン・・・いやいや何を言っているんだ俺は。メーカーが違う。とにかく、オレはもうあのときのオレではない。自分を変えることを恐れるクロタキなどにもはや負けるわけがないんだあ!

��位に転落したクロタキを追うミズガキ、しかし何故か徐々に差が開いていく。「おいていかれる、何故だ!?」コーナーをひとつ抜けるたびに遠くなるクロタキの背中。そうミズガキは自動車メーカー勤めが長いばかりに「安全意識」が体に染み付いてしまっていたのだ。果敢に攻め込もうとする意識とは裏腹に体がそうは反応してくれない。

・・・なんてことだ・・・。

他人のミスを待つしかできないことに気がついたミズガキ。思えば昨年のジェイソン・バトンの優勝もタナボタだった。残された時間の中で、果たしてもう一皮むけることができるのか。ミズガキの頭の中ではイチローの「変わらなきゃ」の声が繰り返し鳴り響いていた。

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カートコース図.jpg


��位に躍り出たイナガキではあったが、すぐに後ろから追ってきたクロタキのプレッシャーを感じていた。

・・・なんだこのプレッシャーは・・・、アムロ・レイ?いやララァ・スン?

と言ったかどうかは定かではないが、徐々にクロタキに追い詰められてしまう。もともとの体重差からくるコーナー立ち上がり時加速の差に加え、「黒い爆撃機」と異名される「クルッっとまわってアクセルドン!」のドライビング・スタイルではこれ以上タイムを上げることは困難であった。

走行している間にイナガキのすぐ背後にクロタキが迫ってきた。クロタキは何度かあえてラインを外し立ち上がり重視ラインからの追い抜きを仕掛けるタイミングを図っていた。

クロタキは自分以外の各車とのタイム差が主に第3コーナーで生まれることに気がついていた。第3コーナーを上手にクリアできるかどうかで、直後の短いストレートでのスピードに大きな差が出る。1コーナーや最終コーナーではあまりテクニックに差が出にくいし、第4・第5コーナーでは車速が低い分実はあまりタイムに差がでない。最も差が出るのは第3コーナーであり、抜くならここだ!幸いコース幅もある程度ある。

イナガキ車・クロタキ車縦にならんだ状態で第2コーナーをクリアした後の第3コーナー、クロタキはラインをさらにアウト側にとりイナガキより1テンポ遅れてブレーキング!同時にステアリングを切り一気に向きを変える、スピンするかしないかのところをギリギリカウンターで押さえ込みつつアクセルは全開。するとクロタキ車は横滑りしながらも見事に前へ前へと進み、イナガキ車がコーナー出口でアウトに膨らんだところをイン側縁石ギリギリからかわすことに成功。体重が軽く、より早くアクセル全開にしていたクロタキ車はストレートでのスピードに大幅に勝り第4コーナーまでに前に出ることに成功した!

・・・な、なにぃ!これがオールドタイプとニュータイプの違いなのか!

と叫んだかどうかは定かではないがイナガキ車は2位に転落した。

しかし第4コーナーではいつもより若干イン側からの進入を余儀なくされたクロタキ車。よりアウト側から進入できるイナガキ車にはコーナーリングスピードではかなわない。ここはまた勝負の横滑りアクセル全開作戦で行くしかない!2人はほぼ同時にブレーキング!定石どおりアウトからのラインを取ろうとするイナガキ車に対し、クロタキは一気に向きをかえイン側を小回りに回り込み次の第5コーナーで差をつける作戦だ。しかしここでクロタキ車が痛恨のハーフスピン!小回りするつもりがリアの勢いが強すぎ回り過ぎたのだ。クロタキはアクセル全開のまま最大限のカウンターをあて回復を試みる。そのスキを見逃すはずもないイナガキ車は丁寧なブレーキングから、空いたイン側へ見事にクルマを寄せハーフスピン中のクロタキの文字通り目前を通りすぎようとしていた。しかしその瞬間!

ドカッ!ハーフスピンから奇跡の回復を果たしたクロタキ車の鼻先がイナガキ車の後方側面に衝突したのだ。それはまさにゲルググにぶつかったエルメスさながらの様相であったが、ぶつけられたゲルググ・・・ではなくイナガキ車は何とかスピンを免れ無事に第5コーナーへと進入していった。対するエルメスはガンダムのビームサーベルをもろに食らう形となり自滅。

・・・ぼ、ぼくは何ということをしてしまったんだ・・・。

涙にくれるアムロ・レイ。・・・ではなくクロタキ車はコース脇にて一時走行不能となりミズガキ車、イマニシ車にまでかわされてしまった。マシンを降りて方向を立て直し、再度エンジン始動。クロタキ車は最後尾からの絶望的な追い上げを開始したのであった。

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労せず2位に上がったミズガキ。・・・あとはイナガキが自滅するのを待つだけだ。

イマニシは逆に後方からのクロタキのプレッシャーを受ける結果に。一瞬焦ったイマニシだったが、すぐに冷静さを取り戻した。

・・・これは作戦を実行する大チャンスだ!

イマニシの作戦、それはクロタキ車のブロックに専念することだった。当初は決勝レースで周回遅れになったときに実行しようと考えていたが、ここもチャンスだ。これでもし予選をクロタキより一つでも上の順位で終えることができたなら、決勝では1周目からクロタキのブロックができる。ワタシはもう優勝はいらない。こうしてクロタキとの一騎打ちこそワタシの望み。食らえ!ワタシのノロノロ走行を!

イマニシがあえてノロノロ走っていたのか、それとも全開で走っていたのに遅かったのかは定かではないが、その走りはクロタキを確実にブロックしていた。決勝に備え1つでも順位を上げてフィニッシュしたいクロタキとそれを抑え込みたいイマニシ。18年ぶりの直接対決である。

まず第1コーナーからしてイマニシ車と一気に差がつまってしまうクロタキ車。スピードが乗り大きな横Gがかかっている状態では無理な動きをするとスピンしてしまう。スピードを緩めるしかない。意図してかせずかクロタキのリズムを狂わすイマニシの老獪な走り。それはまるで次期総理の座を狙いタニガキに牽制をしかけるアソウタロウさながらの老獪さだ。「その代わりオレに先に(総理を)やらせろ」食事の席での個人的な会話は決して外に出してはならないのだ。タニガキは焦った。

そして魔の第2コーナー。直前のブレーキングで危うく衝突しそうになるクロタキ車。しかし何とか衝突を回避し第2コーナーをクリアした。

・・・第2コーナーの魔物はオレの気のせいだったのか・・・。

そう安心してアクセルを踏み込んだ矢先、ドン!クロタキ車はイマニシ車に衝突。クロタキ車はフロント・バンパーを損傷しピットインを余儀なくされた。第2コーナーの魔物に気を取られていたクロタキ。しかし真に恐ろしいのは魔物ではなく、人間だったのだ・・・。

■予選結果
��.イナガキ 6分54秒238
��.ミズガキ 7分10秒703
��.イマニシ 7分32秒783
��.クロタキ 途中リタイヤ
��最速ラップ:クロタキ 35秒378)

次回:男の闘い(4) お楽しみに


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